国土面積の多くを山が占める日本では、勾配を克服するための乗りものが欠かせません。実はそれも多種多様。観光地や住宅地など、地形と乗る人に合わせて工夫された乗りものが適材適所でつくられています。

何度目の登り降りか? 日々働く「坂道の乗りもの」

国土面積の多くを山が占める日本では、高台にある住宅地や観光地など、人々が行きたい場所・行かなければいけない場所と平地を結ぶ「坂道の乗りもの」が欠かせません。しかし、一般的な鉄道の勾配はせいぜい35パーミル(1.7度)以内、路線バスも20度を越える坂を登ることはそうありません。

そんな、鉄道やバスが登れない場所を目指す乗りものも、実は多くの種類があり、「レール」の「上」を走るとも限りません、乗りものの「坂道シリーズ」を5つ紹介します。

まずは定番「ケーブルカー」

「坂をのぼる交通機関」と聞くと鋼索鉄道、すなわち「ケーブルカー」を真っ先に思い浮かべる方も多いかもしれません。国内でもっとも急勾配をのぼる高尾登山電鉄(東京都八王子市)は、671パーミル(約34度)の坂道をものともせず、約1kmの走行で271mもの高低差を登ります。海外では1100パーミル(約48度)もの傾斜を登るケーブルカースイス・シュトースバーン)があり、車窓から眺めるレールの傾きは、もはやジェットコースターのようなスリルなのだとか。

ケーブルカーの車両には動力が搭載されておらず、線路の真ん中にある太いケーブルに引っ張られ坂を登っていきます。日本では2台の車両が「おもりの原理」を利用して交互に昇降する「交走式」が主流ですが、生活路線も多いアメリカ・サンフランシスコなどでは、常にケーブルが循環して何台もの車両を動かす「循環式」の路線も多く存在します。

今でこそケーブルを曳くのは機械(巻き上げ機)ですが、16世紀には人力でケーブルを引いて動かす車両があったといわれるほか、車両のタンクに水を溜めたり抜いたりして上下させる「水力式」のケーブルカーもありました。後者はスイスの古都フリブールや、日本では高知県の「馬路村インクライン」で、レール横の溝に水を撒きながら走る水力式の車両を見ることができます。

斜めに進む乗りもので、住宅街に「再生する細胞」を呼び込めるか?

高低差を克服する乗りものには、エレベーターもあります。

住宅街の強い味方? 「斜行エレベーター」

その名の通り、搬器が斜めに坂を登る「斜行エレベーター」は、山の斜面を拓いた郊外の住宅団地でよく見られます。

1984(昭和59)年に日本で初めて斜行エレベーターが導入された神戸市北区の「花山東団地」は、最寄り駅から団地の中央部までは500mほどですが、約200段の階段を上るような高低差が、駅と団地とのあいだの移動を困難にしていました。「スカイレーター」の通称を持つ斜行エレベーターは山肌を32度という急な角度で登り、高低差と距離の問題を一気に解決に導いたのです。常に新しい入居者を呼び込み、街を再生させるためにも、うってつけの乗りものといえるでしょう。

その後、斜行エレベーターは住宅用に限らずさまざまな場所で導入が進み、1985(昭和60)年に導入された兵庫県尼崎市の商業施設「つかしん」では当初、物珍しさから長時間の乗車待ちを余儀なくされたほどです。このほか弥彦山駐車場(新潟県)などでも導入されているほか、横浜市の「ルネ上星川」では、斜面に沿った集合住宅に溶け込むようなデザインがなされるなど、工夫も凝らされています。

カーブもいけちゃう!「スカイレール」

広島市安芸区では、全国でここにしかない交通機関「スカイレール」が運行されています。1998(平成10)年、ロープウェイモノレールを組み合わせたようなシステムとして誕生したこの乗りものの強みは、何といっても「急坂をのぼる力・速度」「カーブを曲がる力」にあります。

スカイレールが通じるのは、その名も「スカイレールタウンみどり坂」という山の斜面に横に長く広がった住宅街。坂の下にある「みどり口駅」(JR山陽本線 瀬野駅に併設)を出たスカイレールは最大263パーミル(約15度)、ケーブルカー以外では国内最急勾配で山を登ると大きく左側に進路を変え、その後も最大30度ものカーブを描いて終点「みどり中央駅」を目指します。横に広い街をカバーするコース設定は、ケーブルカーや斜行エレベーターではできなかったことでしょう。

スカイレールタウンみどり坂の人口は約7000人。朝には瀬野駅を目指す通勤・通学客でいっぱいになります。なおスカイレールは、法律上は“鉄道”の一種です。

鉄道じゃないけど「おぼえてください 顔と名前」

鉄道のように見えて、そうではないものもあります。

エレベーター? 鉄道? 「スロープカー」

東京都北区の飛鳥山には、JR王子駅前から山の上まで、細いレールに乗って動くモノレールのような乗りもの、通称「アスカルゴ」があります。これは「スロープカー」と呼ばれる乗りものです。

レールにまたがるその外見は跨座式モノレールそのものですが、車体の中はほぼそのままエレベーターです。乗客のボタン操作だけで動かせるので運転手などは不要、しかも法律上は斜行エレベーターの一種として区分されているため、その見かけに反して一般的な鉄道ではありません(「多量輸送をしない」「施設の敷地内輸送に限る」などの条件がある)。

鉄道事業者としての準備が不要、かつ車両のサイズや設置条件は柔軟で、先が見通せない螺旋のようなコース設定も可能。このためスロープカーは、福岡県皿倉山展望台」や香川県ベネッセ直島」といった観光施設から個人宅まで、この20年で一気に普及しました。速度が出ないこともあって、公園内などの高低差をクリアするにはちょうどいい乗りものではないでしょうか。

踏み出そう電動アシストで!「団地タクシー」

東京都八王子市の丘陵地に築かれた「館ヶ丘団地」では、住宅棟からバス停やスーパーへの往復が辛くなってきた高齢者のために、「団地タクシー」という住民向けサービスが行われています。その車両は、3輪の電動アシスト自転車に屋根を付けるなどの改造を施したもので、言うまでもなくメインの動力は「人力」です。

1975(昭和50)年に管理が開始されたこの団地は、住民の高齢化が進んでいることもあって「団地タクシー」がないとなかなか出かけられない人もいるそう。自転車の漕ぎ手は、自治会や高齢者支援施設のスタッフ、大学生ボランティアなどがつとめ、「◯◯さんは元気だろうか」と、高齢者の見守りにも活用されています。地域の活動が盛んな場所ならではの取り組みと言えるのかもしれません。

※ ※ ※

多くの人々が苦心して登った急な勾配を、さまざまな工夫が詰まった乗りもので登ってみてはいかがでしょうか。坂道の先には、「キュン」とするような絶景が待っているかもしれません。

様々な坂を克服する乗りもの(画像;宮武和多哉/PIXTA)。