モーリス・ベジャール・バレエ 2021年日本公演が2021年10月9日(土)~17日(日)、東京文化会館にて行われる。ベジャールの『ボレロ』『ブレルとバルバラ』、芸術監督ジル・ロマンの『人はいつでも夢想する』によるミックス・プロと、ロック・バンド「クイーン」の音楽を用いたベジャールの『バレエ・フォー・ライフ』を上演。8月23日(月)記者会見が開かれ、ロマンと主催者を代表して公益財団法人日本舞台芸術振興会(NBS)専務理事の髙橋典夫が登壇した。

■人気バレエ団、4年ぶりに来日! 18歳以下限定・子ども無料招待も

モーリス・ベジャール・バレエ団(BBL)は20世紀を代表する振付家モーリス・ベジャール(1927年~2007年)により1960年に創設された(1986 年までの名称は20 世紀バレエ団)。舞踊に留まらない多分野の芸術や哲学、思想などを縦横無尽に取り込んだ独自の世界は長年にわたり世界各地で熱く支持されている。2007年のベジャール没後は後継者ロマンがカンパニーを引き継ぎ、自身の創作なども導入しながら精力的に活動している。

会見では、初めに髙橋が公演開催の経緯と趣旨を説明。本来であれば18度目となるBBLの日本公演は昨年(2020年)5月に予定されていた。しかし、世界的な感染症拡大の影響を受けて同年9月に延期され、それも中止となった。「今回実現できれば3度目の正直」と髙橋は力を込める。

記者会見の模様 photo:Yuji Namba

記者会見の模様 photo:Yuji Namba

今回の日本公演は令和2年度文化芸術振興費補助金 子供文化芸術活動支援事業(劇場・音楽堂等の子供鑑賞体験支援事業)の対象。文化庁によるコロナ禍対策の助成を受けて、公演当日に小学1年生~18才以下の子どもたちに7公演で3253席の招待席を設ける(応募制)。

髙橋は「『ボレロ』にしましても『バレエ・フォー・ライフ』にしましても、若い人にも関心を持っていただきやすい作品かと思います。公演をやらないことには、このままですとどんどんどんどん衰退してしまうんじゃないかなという危惧を常々感じております。これがきっかけになって新しいバレエファンの層が開拓できると思っております」と語った。

続いてロマンが挨拶。前日まで催されていた第16回世界バレエフェスティバル(主催:NBS)に出演するため来日中だった。会見冒頭に「髙橋さんとNBSの皆様に、このたびの世界バレエフェスティバルを開催してくださいましたことを心より感謝申し上げます。このような困難な状況の中でも、我々アーティストは集うことができ、お客様と素晴らしい喜びに満ちた幸せなひと時を分かち合うことができました」と述べる。そして10月のBBL日本公演を「今回こそは実現したいと祈るばかりです。我々はそのために準備を進めてまいります」と話す。

ジル・ロマン photo:Yuji Namba

ジル・ロマン photo:Yuji Namba

■「ダンスとは旅であり、出会いである」

日本公演のミックス・プロでは3作品を披露。ロマン振付による『人はいつでも夢想する』(2019年初演)はスイスの作家ルートヴィッヒ・ホールの作品から表題をとった。音楽は現代アメリカ音楽の巨匠ジョン・ゾーン。ロマンは「何年も前からジョン・ゾーンの音楽が好きでした。ニューヨークに彼を訪れ、ソロ作品を見せたりしながら提案すると、とても気に入ってくれました。信頼関係が生まれて、2年かけてこの作品を完成させました」と創作当初を振り返る。

『人はいつでも夢想する』のテーマに関しては「ダンスとは旅であり、出会いだと思います。音楽やダンサーが出会うことによって、主題は生まれる。主題があって作品を創っていく訳ではなく、次第にテーマが浮かび上がってくるものと思っています。作品のテーマはもともと存在していなくて、今日の人生にインスピレーションを得て創っていきました」と述べた。

『人はいつでも夢想する』 photo:BBL - Ingo Schaefer

『人はいつでも夢想する』 photo:BBL - Ingo Schaefer

『ブレルとバルバラ』はベジャールがシャンソンの名歌手ジャック・ブレルとバルバラに捧げた作品で、2001年にロマンとエリザベット・ロス主演で初演された。ロマンは「我々のカンパニーにとって大切な作品で、踊るたびに心から感じるものがあります。私はブレルとバルバラの唄を子どもの頃から歌ってきてましたが、それくらい多くの人を惹き付ける世界観があるので、皆様にもその感動が伝われば。日本で全編をお見せする初めての機会です」と紹介した。

『ブレルとバルバラ』 photo:BBL - Gregory Batardon

『ブレルとバルバラ』 photo:BBL - Gregory Batardon

ボレロ』について「あえて説明する必要がないくらい皆様ご存じでしょう。東京バレエ団も多く踊っています」とロマン。1961年に初演されたベジャールの名作で、ラヴェルの同名曲を用いる。赤いテーブル上で踊る"メロディ"と呼ばれる独舞と群舞の"リズム"が織り成す緊迫感あふれる舞台だ。"メロディ"は折々の選ばれしダンサーが務めてきた。「今の段階では、誰がテーブルに上る("メロディ"を踊る)のかは分かりません。10月をお楽しみに」とロマンは話した。

『ボレロ』 photo:BBL – LaureN Pasche

ボレロ』 photo:BBL – LaureN Pasche

『ボレロ』 photo:BBL – Marc Ducrest

ボレロ』 photo:BBL – Marc Ducrest

■「困難な時代だからこそ、力強く訴えるものがある」

もう1つのプログラムが『バレエ・フォー・ライフ』(1996年初演)。映画「ボヘミアン・ラプソディ」(2018年公開)が大ヒットし、あらためて大きな脚光を浴びた英国のロック・バンド「クイーン」の楽曲17曲それにモーツァルトの曲を用いている。ベジャールは、「クイーン」のボーカルだったフレディ・マーキュリー、ベジャール・バレエの申し子であったジョルジュ・ドンという共に45歳で早世した不世出のアーティストへのオマージュとして同作を創った。

『バレエ・フォー・ライフ』 photo:BBL - Ilia Chkolnik

バレエ・フォー・ライフ』 photo:BBL - Ilia Chkolnik

ロマンは日本では2008年以来13年ぶりとなる上演に向けて以下のように抱負を述べた。「困難な時代だからこそ、持つ意味も力強く訴えかけるものがある感じております。テーマとしては重いものがありますが、大きなエネルギーを放っている作品です。今年お届けできることを非常にうれしく思っております」。なお衣裳デザインはベジャールの友人でもあったジャンニヴェルサーチ。「モーリスは、ヴェルサーチに「白と黒の衣裳を」とオーダーしたのですが、「クイーン」やフレディ・マーキュリーの世界観にインスピレーションを得て、空想的な、エスプリに富んだ衣裳が完成しました」と制作時を回顧した。

挨拶の最後にロマンは「私はカンパニーダンサーを代表して、また日本で踊れることを心から楽しみにしております。ぜひこのツアーが実現することを願っております」と語った。

ジル・ロマン photo:Yuji Namba

ジル・ロマン photo:Yuji Namba

■「ダンサーを愛しているし、彼らからも愛されたい」

質疑応答も活発に行われた。

子どもたちへのメッセージを求められたロマンは「想像力を搔き立てられるようなステージになれば。彼らこそが私たちの未来であり、世界を築いていくのだから。非常に困難な時代ですが、彼らが何かを感じ取って、我々の世界を少しでも良くしてもらえたら、こんなにうれしいことはないです」と答えた。それを受けて髙橋もコメント。「コロナ禍において、若い人たちに機会をあたえることが非常に重要だと思うんですね。ジルさんがおっしゃるように、とにかく劇場に足を運んで、そこで何か感じるものがあれば。種をまくことが必要なんだと思います」と述べた。

ジル・ロマン photo:Yuji Namba

ジル・ロマン photo:Yuji Namba

パンデミックの状況の中で、バレエ団の運営面やシステムで変わったところはあるのか? また、そのことによって、ダンサーの心理とか踊りがどのように変わったのか?」という問いも。ロマンは「この状況下で一番感じたことは、我々はそれぞれを必要としており、距離を持って生きることは困難で、分かち合いが非常に重要」と応じる。そして、ダンサーたちの「精神面のサポートが大切」なので、ベジャールの過去の作品を復刻を思い立ち、『わが夢の都ウィーン』(1982年初演)を1年間かけて振り起こしたという。「時間を取って作品を深めて、力強い意味を持つ作品になったと思う」と話し、「ぜひ日本で上演する機会があれば」と意欲を示した。

また、Plan_Bと称してスタジオに観客を入れての上演も始めた。「限られた人数ではありますが『わが夢の都ウィーン』もお客様に見せることができ、ダンサーたちも少し自信を取り戻したということがありました」。そして新作の創造も含む活動を通して「ダンサーたちに必要な糧をあたえ続けるようにしていました」と振り返る。2021年6月からはツアーも再開したと話す。

「多忙な芸術監督の仕事を投げ出したいと思ったことはないのか?」そして「ダンサー、振付家としてのこだわり、美学は?」と聞かれると、ロマンは「私のこだわりは、ダンサーとの関係。信頼関係が大事です。我々の間に愛がないと難しいと感じています。私はダンサーを愛していますし、彼らからも愛されたい。たやすいことではありませんが、そのような信頼関係がある限りは、私はこのグループを率いて活動を続けていきたいと思います」と回答した。

ジル・ロマン photo:Yuji Namba

ジル・ロマン photo:Yuji Namba

再開したツアー時の観客の反応を問われ、ロマンは『バレエ・フォー・ライフ』を上演した際の印象を語る。「観客の情熱や喜びは非常に大きなものがありました。観客と相集い、一緒に大きな幸せと喜びを分かち合えて、我々は毎日のように感動し涙したのでした」と明かす。

それを受けて高橋は「世界バレエフェスティバルも一言でいえば薄氷を踏む思いでした。お客さんに元気になってもらったり、あらためて貴重さみたいなことを思い返してもらったりする機会になっているのではないかと思います。そういった意味で、『バレエ・フォー・ライフ』の最後の場面ではないですけれど、「ショウ・マスト・ゴー・オン」でいかなければいけないのではないかと。皆さんもぜひお越しいただければ」と語り会見を締めた。

取材・文=高橋森彦

ジル・ロマン photo:Yuji Namba