「罪を犯した」として起訴されている政治家が「たとえ事実に基づいたものであったとしても、私を批判する者には罰を与える」などと言い出し、それが通るような世の中は果たしてまともと言えるだろうか。そんなおかしなことが、いま韓国で現実になりかけている。

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元慰安婦と遺族だけなく、なぜか慰安婦支援団体まで「保護」

「正義記憶連帯」(正義連)の前理事長で、在職当時、団体への寄付金を横領したなどとして起訴されている尹美香(ユン・ミヒャン)議員が、慰安婦関連団体への名誉毀損を処罰する法案を共同発議した。これに対し、韓国メディアや国民世論から「“セルフ保護法”だ」として猛烈な非難が起きている。

 無所属の尹美香議員が与党・共に民主党議員ら9人と共同発議した法案の正式名称は「日帝下日本軍慰安婦被害者に対する保護・支援および記念事業などに関する法律の一部改正案」だ。元慰安婦らとその遺族たち、そして関連団体を支援する既存の法律に、慰安婦被害に対する名誉毀損禁止条項を新設するのが改正案の趣旨だ。

 具体的には、「何人も、公然と被害者や遺族を誹謗する目的で、日本軍慰安婦被害者に関する事実を摘示し、又は虚偽の事実を流布して、被害者、遺族又は日本軍慰安婦関連団体の名誉を毀損してはならない」という条項と、「慰安婦問題に関し、新聞・放送や出版物又はインターネット等、講演や記者会見、懇談会、討論会等、公演や展示物等を利用して虚偽の事実を流布した者は、5年以下の懲役又は5000万ウォン以下の罰金に処する」という条項が新設された。

 これが大きな反発を呼んでいるのだ。

 というのも慰安婦やその遺族だけでなく、なぜか慰安婦関連団体に対する名誉毀損も処罰対象となっており、それも虚偽事実だけでなく「事実を根拠にした批判」も処罰するとしているからだ。もし、同改正法が成立すれば、現在、横領や背任、準詐欺など8件の容疑で裁判が行われている尹美香議員に対するメディアや有識者らの批判も名誉毀損となりかねない。ひいては、正義連などの慰安婦運動団体の活動に対するいかなる批判も、名誉毀損として処罰されうる解釈も可能だ。結局、同法案で最大の恩恵を受けるのは、元慰安婦おばあさんたちではなく、発議した尹美香議員本人とその仲間たちということになるだろう。

 尹美香議員のこの「セルフ保護法」発議に、韓国メディアは集中砲火を浴びせている。

 代表的な保守紙の『朝鮮日報』は、同法案を「尹美香・正義連保護法」と名づけ、「後援金流用疑惑を受けている正義連に対する批判が封鎖される可能性がある」「正義連や尹美香議員の不正に沈黙を強要する逆効果が現れる可能性がある」と批判した(8月24日付<「尹美香・正義連保護法」・・・後援金流用を批判すれば処罰>)。

 中道性向の『国民日報』も、「正義連理事長出身で慰安婦被害おばあさんへの後援金の一部を個人的に使った疑いが持たれている尹議員が該当法案に参加したというニュースに、事実上“正義連保護法”だという批判が出ている」と指摘した。(8月23日付の電子版記事<寄付金流用、尹美香氏が「正義連批判処罰法」発議>)

「いっそ『民主党批判および処罰禁止法』を作れば」

 野党の大統領選候補らも、尹議員や与党を強く批判した。

「事件に関する観察や記録は勝者によって歪曲されてはならない。しかし、共に民主党は議席数に酔って、自分たちが歴史の勝者であるかのように振舞い、歴史を歪曲・破壊している」(尹錫悦[ユン・ソクヨル]国民の力大統領選候補側の副スポークスマン)

慰安婦おばあさんや遺族だけでなく、慰安婦関連団体に対する“事実適示”まで禁止させるこの法案は、現政権の反自由主義または全体主義の傾向を示している。慰安婦おばあさんを特定団体の財産として独占するという意図とみられる」(安哲秀[アン・チョルス]国民の党代表)

「尹美香議員と正義連の不正疑惑を批判された李容洙(イ・ヨンス)さんまで違法対象になり得る」

「いっそ率直に『民主党批判および処罰禁止法』を作れ」(以上、元喜龍[ウォン・ヒリョン]国民の力大統領候補)

 昨年5月に記者会見を開き、尹美香議員の会計不正を暴露した元慰安婦の李容洙さんも、該当法案に対する強い敵愾心を露にした。

「(尹議員は)私に何も言うなという鎖をはめて自分勝手に揺さぶろうとしている。とうてい受け入れることができない。法案を改正しようとすれば、最後まで命をかけて阻止する」(『文化日報』電子版 8月24日付<尹美香、まだ正気ではない・・・法律改正、命がけで阻止す>)

ネット民からも怒りと嘲笑

 ネット上にも尹議員や与党への非難が殺到している。NAVERに掲載された朝鮮日報の<「尹美香・正義連保護法」・・・後援金流用を批判すれば処罰>の記事に対し、6500人余りのネット民が「腹立つ」と評価し、1400件もの非難の書き込みがあった。

「批判すら法律で防ごうとするのか」

「世界で笑い物になる法案を作るとは・・・。恥知らずの人たちだな・・・」

「公共利益に関する事実摘示は法律で処罰できないというのが現行法だが、これだけは例外にして口止めをするのか。法を作る国会議員が自分の利益だけを確保しようとするのか」

「こんなふうにしていたら、もうすぐ文在寅保護法も出てくるだろうね」

 予想外に強い反発が起こると、当初の関連法を党方針として押し通すことにしたとされていた共に民主党は一歩退き、法案撤回を検討している、という記事も流れ出した。

「共に民主党の党方針として推進している法案と報じた記事は事実ではないことをお知らせする。また、この法案は現在、所管の常任委に回付されているだけで、上程さえされていない状態で、常任委レベルでも検討や議論が進んでいないことを知らせる」(共に民主党ポークスマン)

“歴史歪曲禁止法”が続々と

 2020年4月の総選挙で180議席という絶対多数議席を獲得した与党は、いわゆる「歴史歪曲禁止法三種セット」を党論として押し通してきた。このうち、5・18民主化運動を卑下する者に対して司法処理まで可能にする「5・18歴史歪曲処罰法」は、すでに国会本会議を通過して法案が成立した。

 今年5月、共に民主党の金容民(キム・ヨンミン)議員が代表発議した「歴史歪曲防止法」は、別名「親日称賛禁止法」と呼ばれている。この法案は、日帝支配を称賛・鼓舞したり旭日旗などの造形物を使用したりすれば、10年以下の懲役、2億ウォン以下の罰金刑に処する内容が骨子となっている。

 そしてトドメが、尹美香議員が今回共同発議したいわゆる「慰安婦歪曲処罰法」だ。

 この「歴史歪曲禁止法三種セット」で、共に民主党は自分たちの歴史観と相容れない事実を、韓国の歴史から“抹消”しようとしている。共に民主党が考える「歴史」に対して批判した者を処罰しようとしているのだ。

 あまりにも荒唐無稽に聞こえるかもしれないが、韓国ではこれが現実になろうとしている。国民の多くも反発しているが、与党の暴走を止める手立ては今のところない。

「共に民主党には“民主”がなく、国民の力には“力”がない」と韓国国民が嘆息するように、残りの2法案も共に民主党が力で押し通そうとすれば、国民の力にそれを阻止することは不可能だ。

 だが、国内でそれが通っても、国際的には通用しまい。自分たちに都合よく歴史に裁断をくだし、表現の自由を抑圧するような法律を次々成立させるような暴走を文在寅政権と与党が今すぐ止めなければ、韓国社会は自由と民主主義の価値を共有する国際社会から遠ざかることになるだろう。

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