全国にある神社の数は8万社以上で、コンビニの数より多いといわれています。そんな身近な存在でありながら、意外と神社については知らないことが多いのではないでしょうか?そこで、『日本人が知らない神社の秘密』(火田博文・著/彩図社)から、お参りがもっと楽しくなる神社にまつわるお話を抜粋して紹介します。今回は、お参りの前に水で心身を清める理由について。

神社のお参りは特別な行為だった

神社にお参りすることは、それはそれは厳かな行いなのである。その昔は、レジャー感覚で軽く出かけていい場所ではなかった。鳥居をくぐるという行為は、極めてシリアスな、非日常へのダイブでもあったのだ。

なにせ神と相対するのである。だからまずは禊をして、心身を清める必要があった。 神社のそばにある海や河で身体を洗い、あるいは滝に打たれて、穢れを祓うのだ。その歴史は古く、日本神話にまでさかのぼることができる。 黄泉国より現世に戻った伊耶那岐命が、死の穢れを祓うために河の水で心身を清めたというものだ。また、肉や酒を絶つ精進潔斎をする場合もあった。そして参拝に挑むのだ。
簡略化された禊が手水舎

しかし、社会が成熟しせわしなくなってくると、そこまできっちりと禊をするわけにもいかなくなった。だんだん簡略化されていったのだ。いまでは手水舎がその役目を果たしている。拝殿に向かう手前にある、屋根のかけられた水場がそれだ。ここをスルーして、穢れたままで参拝することはタブーだ。祟りがあっても文句は言えない。

ハードな禊を行なわない代わりに、ちょっとうるさい決まりがある。まず柄杓を右手に持って水をすくい、左手を清める。次に柄杓を左手に持ち替え、右手を清める。また右手に持ち 替えて左手で水を受け、口をすすぐ。一連の動作は、はじめにすくった柄杓一杯の水のみで行なうべし、とされる。これでようやくお清め完了だ。

こうして略式になった禊だが、いまでも古式に則っている神社が伊勢神宮だ。日本を代表するこの神社の内宮への入口には、五十鈴川が流れているが、ここで手や口を洗ってから参拝するのが慣わしだ。2000年以上も続くスタイルといわれる。

【出典】
『日本人が知らない神社の秘密』(火田博文・著/彩図社)

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手水舎