◆河野大臣の失政

―― 7月6日河野太郎行革担当大臣がモデルナ社製ワクチンについて、6月末までの供給量が当初計画していた4000万回分から1370万回分へと約3分の1に減っていたことを明らかにし、その計画変更が行われたのはゴールデンウィーク前だったと述べました。これに関して、中島さんがツイッターで批判したところ、河野氏は自身のブログで反論してきました。一連のやり取りについて改めて教えてください。

中島岳志氏(以下、中島) まずこの間の経緯を説明すると、モデルナのワクチンに関する計画変更がなされたゴールデンウィーク前と言えば、全国各地で感染が拡大し、4都道府県に対して3回目の緊急事態宣言が発令されたころです。特に大阪の状況は酷く、1日の死者が20人を超え、医療崩壊が叫ばれていました。

 こうした中、政府はモデルナのワクチンも含め十分なワクチンを確保したとして、ワクチン接種を加速化させると明言します。そのため、国民の関心は早期のワクチン接種に向かい、ワクチン接種競争が生じました。

 同じことがモデルナを使った企業や大学などによる職域接種でも見られました。企業や大学からすると、職域接種を行わなければ、「他の企業や大学が職域接種をやっているのに、なぜうちはやらないのか」と突き上げを受けるため、とにかく職域接種の申請を進めていったのです。

 しかし、企業や大学がワクチン接種を行うことは、決して簡単なことではありません。たとえば、私が所属する大学には医学部がないため、ワクチンの打ち手を確保するのも大変でした。他の大学と連携するのか、地域住民の接種はどうするのかなど、様々な問題が浮上し、パニックに近い状態になりながら準備を進めていました。

 このときすでに、モデルナのワクチンは当初の計画の3分の1しか入ってこないことが決まっていました。しかし、河野氏はその事実を知らせようとしなかったのです。苦労に苦労を重ねて準備を進めていたのに、「実はワクチンはありませんでした」などと言われれば、現場が反発するのは当然でしょう。

 これにより、ワクチン接種に関わる人たちと政府の信頼関係は完全に崩れました。河野氏はモデルナについて、9月末までに5000万回分確保するという計画に変わりはないと強調していますが、いったい誰が信用するでしょうか。ワクチン接種の予約を受け付けても、また計画が変更され、ワクチンが手元に届かなくなれば、キャンセルするしかありません。接種予定者から文句を言われるのは現場です。これではとても怖くて接種の準備など進められません。

 これは明らかに河野氏並びに政府の失政です。今後、政府がいくら接種を加速させようとしても、現場は動かないでしょう。ワクチン接種の完了時期が後ろ倒しになることは避けられません。私が河野氏を批判したのは、こうした背景からです。

◆党内に仲間がいない原因

―― 河野氏のブログの反論については、どのように見ていますか。

中島 河野氏は、モデルナ社から予定通りワクチンを供給することが難しくなったと連絡を受けたので、EUとの輸出交渉の際にファイザー製のワクチンを確実に輸入することを条件に、モデルナの先送りを承諾したと記しています。また、ファイザー社もモデルナ社もワクチン供給に関する情報公表に非常に敏感になっていると強調しています。これがモデルナの計画変更を明らかにしなかった理由のようです。

 しかし、河野氏がどういう交渉をしたかは、河野氏を含め限られた人しか知らないことであり、本当かどうか判断しようがありません。交渉のプロセスがどうであれ、政府と国民のワクチン接種についての信頼関係が崩れたことが最大の問題です。政治家は結果に責任を持たなければなりません。

 それ以上に私が気になったのは、河野氏のブログの書き方です。私に対して「お酒の量を減らすことをおすすめします」とか「学生達にクリティカルシンキングとはなにか、ネットリテラシーとはなにか、身をもって教えていらっしゃるのでしょうか」と書いていましたが、これはいかにもネット向けの文章です。昔の「2ちゃんねる」にありがちなスタイルです。

 河野氏はおそらくネットの人たちを意識しながら私を批判したのだと思います。そして、彼らが「河野さんが中島をやっつけた!」と喜び、ブログが話題になることを期待したのでしょう。

 しかし、たとえネットの世界で大ニュースになったとしても、それは一瞬の出来事であり、数日もすれば忘れられます。また、ネットの世界と現実の世界の評価にはズレがあり、ネットの世界で話題になるようなことは、現実の世界では忌避されがちです。このことを理解できていないのは、政治家として致命的です。河野氏は自民党内に仲間がいないと言われていますが、こうしたところに原因があるのだと思います。

―― 野党が国会で、モデルナが当初の計画の3分の1しか調達できなくなっていたことを明らかにしていれば、混乱は避けられたのではないかと追及したところ、河野氏は単なる言いがかりでしかないと反発しつつも、当初の輸入量に鑑みて余裕があると判断したが、振り返ってみれば失敗だったと謝罪しています。

中島 私を批判するブログを書いた時点では、自分の主張を押し通すことができると思っていたのでしょうが、現場の反発が強まったため、謝罪せざるを得なくなったのだと思います。ただし、ブログとの整合性をとるため、計画変更を公表しなかったことの誤りは認めないということなのでしょう。

 河野氏はかねてから総理大臣を目指していると明言しています。そうであるなら、もう一皮も二皮もむける必要があります。このままでは党内で彼についてくる人は少ないでしょう。年下の私が言うのもおかしな話ですが、もう少し自分自身を見つめてほしいと思います。

◆先鋭的な市場原理主義

―― 中島さんは『自民党 価値とリスクのマトリクス』(スタンド・ブックス)で、河野氏の政治家としての本質をあぶり出しています。

中島 私は縦軸に「リスク」、横軸に「価値」を置くマトリクスを用いて、河野氏を分析しました。縦軸の「リスクの社会化」とは、セーフティネットや再分配体制を強化するあり方のことです。これに対して、「リスクの個人化」とは、個人でリスクに対応する立場のことです。新自由主義自己責任などがそうです。

 他方、横軸の「リベラル」は、権力が個人の価値観に干渉しない立場のことです。「パターナル」は、権威主義や父権制といった観念で、自分たちの価値観を押しつけるあり方のことです。夫婦別姓LGBT、少数民族の権利を認めないことなどがそうです。

 河野氏は価値の問題に関してはリベラルを志向しています。たとえば、選択的夫婦別姓について、ブログで「選択的夫婦別姓に賛成です」と述べています。また、同じくブログで、中国が日本の総理の靖国神社参拝を批判する背景を丁寧に説明し、中国の主張も知った上で議論すべきだと説いています。

 もっとも、彼は価値の問題は時々ブログで触れる程度で、それほど関心がありません。圧倒的に関心があるのはリスクの問題です。

 これに関しては、河野氏は明確に「リスクの個人化」を志向しており、小泉竹中路線よりも先鋭的な市場原理主義者です。河野氏は国家が民間の活動に介入することを批判し、たとえば羽田空港から国内線を飛ばすのか、国際線を飛ばすのかは航空会社とマーケットが決めることであって、国土交通省の役人が決めることではないと述べています。また、国家公務員地方公務員を減らし、コンパクトな行政を実現すべきだと主張しています。国家が手厚い保護を行うことで競争原理が失われたというのが河野氏の考えです。そのため、彼は自民党が長年にわたって再配分を重視してきたことを問題視し、かつての自民党は左派的だと批判しています。

 河野氏がワクチン接種を競い合わせたのも、競争原理を重視する新自由主義者的な特質を持っているからです。また、彼が脱原発を唱えていたのも、「原発村」を既得権益層とみなし、競争が阻害されていると考えたからでしょう。

 もう一つ注目すべきは、河野氏の身代わりの早さです。河野氏は閣僚になるにあたって、持論である脱原発を取り下げました。権力を得るためなら自らの主張を簡単に封印することも、河野氏の大きな特徴です。彼はこの姿勢をプラグマティズムだと考えていると思いますが、多くの人の信用を失っていることは事実です。「信用」や「信頼」が持つ重要な価値が理解できていないのではないでしょうか。

◆河野氏と石破氏の違い

―― 日経新聞7月26日付)の世論調査では、次の首相にふさわしい人物として、河野氏が1位、石破茂氏が2位という結果になりました。河野氏は前回の調査より4ポイント下げたものの、依然として多くの支持を集めています。

中島 河野氏への期待感が高いのは、単に露出度が多いからにすぎません。接する回数が増えれば増えるほど好感度が増す「単純接触効果」が働いているのです。

 これは石破氏も同様です。石破氏もメディアへの露出が多い分、支持率が高く出ているのだと思います。
 しかし、河野氏と石破氏では政治家としての成熟度が全く異なります。もともと彼らはともに新自由主義政策を推進していましたが、河野氏が相変わらず新自由主義政策を進める一方、石破氏はこの10年の間に新自由主義から距離をとるようになり、格差の是正や、低所得者や子育て世代への支援を訴えるようになりました。

 石破氏が立場を変えたのは、新自由主義政策によって疲弊した日本社会の現実を目の当たりにしたからだと思います。自分の政策が間違っていたかもしれないと思えば、それを正すことができるところが、石破氏の強みです。

 その意味で、この10年は河野氏と石破氏にとって大きな分かれ道だったと言えます。二人とも次期首相候補ですが、石破氏のほうが圧倒的に総理の資格があると思います。

―― 総選挙が間近に迫っています。中島さんは保坂展人氏との対談本『こんな政権なら乗れる』(朝日新書)で、次期政権の目指すべき姿を論じています。

中島 重要なのは「安心」と「信頼」の問題です。「安心」とは、相手が想定外の行動をしないようにコントロールできている状態のことです。そのため、「安心安全」を追求する政府は、あちこちに監視カメラをつけたり、デジタル管理をすることで、国民の行動を把握しようとします。それに対して、「信頼」とは、相手が想定外の行動をとるかもしれないことを前提に、それでもひどいことはしないだろうと、相手に任せる姿勢のことを指します。

 コロナ対策に関して言うと、中国がある程度コロナを制御できたのは、国民監視を強化したり、強制的に行動を抑制するなど、「安心」という機能を使ったからです。他方、台湾やニュージーランドは、国民と政府の「信頼」のもと、コロナをうまくコントロールしました。

 この間、安倍政権や菅政権は中国と同じように「安心」を追求してきました。しかし、私たちが目指すべきは「信頼」に基づく政治です。日本は台湾やニュージーランドを参考に、国民と政府の信頼関係を修復すべきです。

―― 菅内閣は支持率を落としていますが、野党が次の選挙で政権交代を成し遂げ、「信頼」に基づく政治を実現することはできるでしょうか。

中島 私は今度の選挙は「さざ波選挙」になると考えています。もちろん自民党は議席を減らし、立憲民主党を中心とする野党は議席を増やすでしょう。しかし、国民は立憲民主党に政権担当能力を見出していないので、与野党の議席数が大きく変化するとは思えません。選挙直前に菅内閣が倒れるようなことがあれば、状況は変わってくるかもしれませんが、2009年に起こったような二大政党型の政権交代が起こることはないでしょう。

 もし政権交代がありうるとすれば、1993年の細川内閣のような形になると思います。つまり、新党を含む多くの政党が連立政権を結成するということです。

 1993年型の政権交代においては、参院選が非常に重要になります。細川護熙氏の日本新党1992年参院選で議席を獲得し、そこから新党ブームが起こったことで、翌年の政権交代を実現しました。現東京都知事の小池百合子氏もこの参院選で初当選を果たしています。

 そのため、私は今年の衆院選よりも来年の参院選に注目しています。政界再編の芽が出るとするなら、この参院選がきっかけになるはずです。

<聞き手・構成 中村友哉 7月28日 記事初出/月刊日本9月号

なかじまたけし1975年大阪生まれ。大阪外国語大学卒業。京都大学大学院博士課程修了。北海道大学大学院准教授を経て、東京工業大学リベラルアーツ研究教育院教授。専攻は南アジア地域研究、近代日本政治思想。2005年、『中村屋のボース』で大仏次郎論壇賞、アジア太平洋賞大賞受賞

【月刊日本】
げっかんにっぽん●Twitter ID=@GekkanNippon。「日本の自立と再生を目指す、闘う言論誌」を標榜する保守系オピニオン誌。「左右」という偏狭な枠組みに囚われない硬派な論調とスタンスで知られる。

―[月刊日本]―