欧米で仕事をしていると、当地発の日本の政治ニュースに驚かされることがある。横浜市長選挙後から本格化した今回の政局の動きは、日本独特の密室政治で、その中身がちょろちょろと漏れる(またはキーパーソンがあえて漏らして様子を見る)という従来型のものだ。こういう時には不思議と米国の意見というものが飛び出してくるものだと思っていたら、今回も同じだった。
すなわち、「米国は河野大臣を希望する」「菅首相には長期的なビジョンや産業育成政策がなかったので新首相にそれを期待する」といった記事が、日本人または日系人によって執筆されるのだ。日本人が米国の声を真に知りたいならば、それを素直に信じるのはリスキーである。
また、米国の調査機関の調査結果というものも出てくるが、そもそも米国ではシンクタンクと大学のリサーチ機能が充実しているので、実は有名な民間調査機関はそれほどない。日本で有名なユーラシア・グループも、そもそもは野村證券など日本企業の後押しがあっての今だと記憶しているが、それを米国人がどれほど利用しているかどうかについては疑問なしとしない。
もっと言えば、一国のトップを決める内政にバイデン政権などが干渉するはずはない。むしろ、こうした意見は海外在住の人、または海外メディアに勤める人が、その立場の優位性を生かして、あたかもその国の雰囲気を作り伝えることにより、自己満足の強い意見、または数字の取れる意見を発信しているという話は以前から燻っている。
今後、自民党の総裁が誕生して首班指名されるまでに約1カ月、任期満了を迎える衆議院議員選挙までには最長で2~3カ月ある。このタイミングで、筆者なりに受け身で入手してきた情報を前提に分析しておきたい。もちろん、かく言う筆者もそういった識者の一人かもしれない点にはご用心いただきたい。
米国の日本情報収集はシステマティック
米国では、外交を担当する国務省に地域や国別の部局がある。例えば、日本に対しては日本課というように、独自の部署で分析をしている。その際、当該国を専門に分析する研究者の意見を聞き(外部の研究者がこれを請け負う)、その専門家は自分が支持する政党が政権を取ればポリティカル・アポインティーとして役所の仕事を始める、というのがワシントンの従来のビジネスモデルであった。リボルビング・ドア型モデルである。
日本は経済大国であり、第二次世界大戦後も米国の地位を脅かす立場だったので、国務省内でも特別な位置づけであった。少なくとも、東日本大震災まではそうだったと言えるだろう。しかも、日本は今回のような政権交代においては密室政治を得意とするので、そのための情報入手先を独自に確保する必要があった。それをサポートしたのがシンクタンクの日本専門家などである。
ところが、2015年にオバマ大統領がワシントンの有力シンクタンクの研究員を「米国ではなく私企業や相手国の利益を考えている」と批判したことを契機に、米政府は独自の分析力を高めつつ専門家への依存度を下げた。この典型的な結果が、トランプ政権で連邦政府ポストの3割が空席のままだと揶揄される事態に繋がった。バイデン政権になった今も、この現状は変わっていない。
読者の皆さんは、米国の日本専門家という人々(または日本の米国専門家という人々が取り上げる米国人)が、オバマ政権以降の12年半で何回ポリティカル・アポインティーになったかを見てほしい。どれほどの人数がポストに就いてきただろうか。また元官僚は今どこで働いているだろうか。心当たりがなければ、その人たちの意見は特別扱いする必要はないということかもしれない。
このように、米国による日本関連の情報収集はシステマティックに行われてきた。これは、日露戦争に米国のセオドア・ルーズベルト大統領が介在して、両国をニューハンプシャー州のポーツマスで講和させて以降の伝統だと言われている。
なお、「密室政治」という言葉を聞くのは、小渕恵三元首相が他界した後、森喜朗元首相を選ぶ際に注目されて以来、久々に聞くかもしれない。ただ、冷静に振り返ってもらえれば、日本は常に密室政治の国であることに異論はないのではないか。
日本の報道はバランスを欠いているように見える
菅首相による次期総裁選不出馬表明の後に書かれている記事は、米政府の元高官やシンクタンクの研究者、または菅政権の周囲の人々の意見をもとに書かれている。それはある意味で当然の取材手法だと思うものの、すべての意見を取り上げてはいない点には注意を要する。
例えば、自民党総裁選と衆議院議員選挙という点でいえば、「右寄り」と言われる外交評議会の日本滞在経験のある白人研究者の意見が取り上げられている(Politics Heat Up in Tokyo | Council on Foreign Relations)。同時に、民主・共和の党派色を出さないことを前提とした米戦略国際問題研究所(CSIS)の日本人研究者の意見を取り上げる例は皆無だ(本稿執筆時点<日本時間9月7日未明>で見つけることができなかった)。
もちろん、それぞれの専門家の専門性に差はあるかもしれないが、日本に対する理解度、浸透度を比較すれば、日本の大物政治家である麻生財務大臣に近いと言われる日本人研究者の意見が取り上げられないのは、どこか不十分な気がする。また、他にも米国で活躍する米国人の日本研究者はおり、その内容は“有名人”の書いたものと比べて決して質が落ちるものではない(米国では、諸外国に関する研究では新進気鋭の学者の意見に価値があるという傾向が増えている。中国研究も遅れていると筆者は感じる)。
また、米中関係が日本に与える影響であれば、ジョージ・ワシントン大学の「The Washington Quarterly」に掲載した鳩山由紀夫元首相の論考(6月17日発表)も、政権交代の可能性とその影響を考えるのであれば必読だ。政権交代の可能性まで噂される昨今、無視はできないペーパーだろう。
他方、菅政権の足跡を冷静に分析したいなら、携帯電話料金の引き下げの影響を受けたNTTやKDDI、ソフトバンクなどにもインタビューすべきだろう。菅政権の目玉政策を両主要企業がそれぞれどう受け止めているのかが重要だ。
つまり、こうした記事の多くは、バランスが取れていないのである。
重要なことは、バイデン政権内で日本対策を担当している官僚の立場になれば、恐らくすべての情報を取るであろうという点だ。当該官僚は東京の在日米国大使館や領事館からも情報を取るなど独自のルートを持っている。当然、バイデン政権全体として、偏っていると批判されないように情報を取ろうとするだろう。そうでなければ、世界の覇権を握り続けることはできなかったはずだ。こういった切磋琢磨が米国の強さでもあったと言える。
同政権の反応を伝えるメディアやジャーナリストも、そうあるべきではないだろうか。
バイデン政権による次期首相候補の評価とは
バイデン政権は、日本の次期政権が中国に厳しい態度を取るかどうか、コロナ対策が上手いかどうかなどというところに興味はない。前者については誰が首相になろうともバイデン政権の動きに棹さすことは許さないからであり、後者については日本の国内問題であり外国が干渉すべき問題ではないからだ。
同時に、内政干渉を極力避けるべく、候補者の好き嫌いについては直接的にも間接的にも表明することはないだろう。元高官などがそれを語るとすれば、今後もインタビューをしてもらうために賭けに出ている(当たればまたインタビューされる)だけに過ぎない。
従って、多くの記事は、ワシントンで働いているかどうかも含め、バイデン政権からすれば外野の一部に取材して書いたということに過ぎない。
こうした記事は普段からバイデン政権を見ていないと見えて、大事な点を見落としている。それは、バイデン大統領誕生から今までの同政権の対日姿勢についてだ。わずか8カ月ではあるが、示唆に富む動きは決して少なくなかった。
特に、トランプ政権というオバマ政権とは非常に異なる動きをした政権の後、再びオバマ政権の政策に近づこうとしているのだから、この変化に対する日本の反応が最も気になる点である。
本稿執筆時点で、自民党総裁候補の動きに対するバイデン政権の見方を約8カ月の動きから紐解けば、次のようになるのではないだろうか。
結論を先取りすれば、現時点での3人の有力候補の中では、バイデン政権は岸田文雄元外務大臣を好むようにも見えるが、細かく見れば、特に好き嫌いはないように感じる。
まずは、6日に不出馬の可能性が出てきた石破茂元防衛庁長官から見ていく。
(1)石破茂元防衛相
石破氏はかつて、北朝鮮の核廃棄に向けた交渉を拉致被害者問題に優先させることもあり得ると語った経験がある。バイデン政権が気にしていた話だ。同盟国の国民感情を考えつつ、人権外交を柱に据えるバイデン政権には「あまり好ましくない人」という位置づけだった。自民党内の駆引きの結果とは言え、不出馬の方向で検討していることは、同政権からすれば、胸をなでおろす結果だったのではないか。
なぜなら、ブリンケン国務長官とサリバン同次官は、2021年4月に菅首相が訪米した際、拉致被害者を救う会が作ったブルーリボン・バッジを背広の胸に着けていた。それは、三度の会談でいずれも拉致被害者に言及したトランプ大統領の動きをさらに進め、バイデン政権で拉致被害者を取り戻そうとまで考えているからである。
また、核兵器の先制使用をしないとするバイデン政権にとって核問題は大切だが、拉致被害者の救出を含む人権外交はそれ以上に重要なものだ。それと反対のことを考える人は政策協調が難しい。
河野太郎大臣を米政権がどう見ているか
(2)河野太郎行政改革・規制改革担当大臣
ワシントンのジョージタウン大学を出ている河野氏は米政治に最も近い政治家であり、中国に対する強硬な姿勢など、コロナの原因を中国だとする今の米国民が好む政治家である。しかも、日本は米国製ワクチンの最大の購入国であり、モデルナ製については厚労省認可前から輸入を始めるなど、バイデン政権にとってメリットのある政策を繰り返してきた。
もっとも、女系天皇を容認する姿勢を見せていることに加えて、カーボン・ニュートラル政策に重要な原発に反対する意見を持つ。このように、日本の2大ダブーに挑戦するという態度が明確なため、バイデン政権としては必ずしも現段階で首相になってほしい人材ではないだろう。来年の中間選挙での勝利と2024年の大統領選挙での再選を達成した後、つまりバイデン大統領にとっては次の次に期待する政治家だ。
なお、バイデン大統領は、東京五輪の開会式にジル夫人を派遣したが、彼女の最大の任務は今上天皇ご夫妻に会うことであった。日本国民が実質的な元首と言える今上天皇に抱く尊敬度、親近感をバイデン政権が図ろうとしたためだ。当然、その強さをジル夫人はしっかりと感じ取ったはずだ。
(3)高市早苗元総務大臣
高市氏は、雑誌で発表している政策が新自由主義であり、社会主義の色彩を帯びるバイデン政権からするとあまり歓迎できる人材ではない。
米国をはじめとした欧米諸国では、既に新自由主義とその後のポピュリズム的な右傾化の時代は去りつつある。特に、米国ではその動きは速い。しかも、高市氏は、国家社会主義日本労働者党の党首と一緒に写真を撮り、サイモン・ウィーゼンタール・センターから批判された経験もある。ユダヤ系の強い米国からすれば好ましいとは言えない。
しかし、彼女は河野大臣と同じく対中国強硬派であり、同時に軍事力増強派であるため、国防費の削減を考えるバイデン政権にとっては助けになる(日本の役割代替が増える)。そのため、日本の次期首相として、必ずしも「NO」とは言えない人材なのではないだろうか。
また、安倍晋三前首相と麻生太郎元首相の支持を得ての総裁に選出されれば、親米路線が踏襲されるため、米国経済が行き詰まった際に米国の貿易収支の改善に資する対応が期待できる。ダイバーシティを是とするバイデン政権の心の中を思えば、初の女性総理に向けて間違いなくダークホースだ。
バイデン政権が見た岸田文雄氏の場合
(4)岸田文雄元外務大臣
安倍政権下での外務大臣であった彼の足跡は、国際協調を大前提とする中道的なものだ。それに対して、曖昧や中途半端という批判もあるが、マイルドな外交感覚を持つ政治家としてバイデン政権としてはウェルカムなはずだ。特に、本気で中国と事を構えたくない、また台湾独立を支持しないバイデン政権にとっては御しやすい存在だと言えるだろう。
しかも、同政権が対中外交の柱にしてきた新疆ウイグル地区のジェノサイド疑惑、さらに香港の中国化を阻止する米国に追随する動きを止めた二階幹事長を退陣させるきっかけを作った勇気も、プラスに働いているだろう。
ただ、バイデン大統領の最大の目的は、来年の中間選挙と2024年の大統領選挙に勝利し、マイルドながら進み始めたゼロカーボンへの道、人種差別の撤廃、弱者に焦点を当てた社会主義的政策を進めていくことにある。その際に、安倍政権が実行したような、武器の大量輸入など強力な支援策で選挙を支援してくれるかどうかについては、マイルドな政治家だけに、疑問が残っているだろう。
(5)野党による政権交代
沖縄の辺野古基地問題などに反対姿勢を示す野党が再び政権奪取することは全く望んでいない。特に、日本共産党が参加する政権への移行には反対するはずだ。こう書くと、米国が日本の政治をコントロールするなどという陰謀論が飛び交うかもしれないが、社会主義化が進みつつある米国とはいえ、共産主義では全くない。第一次大戦後に誕生した米国共産党が一向に党勢を伸ばせないのと同じで、バイデン政権にとっても絶対に譲れない一線だ。
しかも、2009年の民主党への政権交代した際の経験から、「日本では資本主義や民主主義の基本的価値観を同じにする政党間の政権交代は無理」というのが米国の基本認識であり、現段階では全く受け入れられないということになろう。
さて、こうしたバイデン政権から見た日本の政局、果たしてどう動くのか興味深く見守っていきたい。
[もっと知りたい!続けてお読みください →] 中国政策で岸田氏を警戒する米国、希望は河野太郎首相
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