自民党総裁任期満了をもって辞意を表明した菅首相。コロナ禍の中、東京五輪パラリンピックを強行したことで、国民の評価はがた落ちだが、やるべき仕事はやったと評価する向きもある。投資家、作家にしてシンクタンク、情報法制研究所研究員、政界ウォッチャーの山本一郎氏が“仕事人政権”を振り返る。

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【参考記事】
アパート大家の山本一郎が見た、安物件に集うコロナ下の人生模様https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/66639)

山本一郎:投資家、作家)

不人気だ」と叩かれて、最後は解散すら打たせてもらえず、9月末の自民党総裁任期満了をもって辞意を表明した菅義偉さん。同時に総理大臣も辞することになるので、一気に自民党総裁選モードとなり、9月17日告示、29日党大会での投開票ということで、マスコミ報道も過熱してきました。

 その菅義偉さん、みんな「辞める人だから、褒める」っていうモードになってる面はあると思います。また政争で負けた分、厳しい視線が注がれていますが、政策面では菅義偉さんはそう大きな失点はしていません。

 例えば、種苗法。日本国内で品種改良や遺伝子編集などが行われ、コストをかけて新たに開発された種や苗木を海外へ無断で持ち出すことを規制する種苗法は、安倍政権末期の昨年(2020年)成立が見送られました。

 安倍政権下で見送られた理由として、コロナ対策の審議に通常国会の時間が取られて充分な議論ができなかったという面もありますが、実際には種苗法は農家の利益にならない、海外の種苗産業に利益を渡す行為だなどと主張した野党の反対も強くあったからです。もちろん、野党の主張にも一分の理はありますが、農政全体から見れば必要な法律改正であることは間違いありませんでした。

 なにしろ、日本の知的財産の粋である品種が苗ごと出てしまってはどうにもなりません。実害の最たるものは、何と言っても日本の農業・食品産業技術総合研究機構(農研機構)が品種改良を手掛け、30年以上かけて開発した高級ブドウ「シャインマスカット」が韓国に流出したことでしょう。これが韓国のブドウ輸出の9割を担う年30億円以上を稼ぐ品種になったものの、日本には一銭も戻ってこない事例も報じられました。

 それだけでなく、中国や南米に日本で開発された品種が無断で流れ、この法案が流れた1年間にも、日本が開発したコメやスイカなど「駆け込み流出」が水際で4件見つかるなどの問題を起こしています。

 農林水産省も頑張って対応した面もありますが、審議を推進したのは紛れもなく総理・菅義偉さんと農林水産大臣の野上浩太郎さんでした。

 ちょうど年末に向けGOTOトラベルや忘年会シーズンの飲食店対策どうするんだという点では安倍政権以上に時間的に厳しい国会だったわけですが、秋田県イチゴ農家出身の菅義偉さんが「日本の農業にとって必要なことだから最優先で対応」とし、一気に12月2日に改正種苗法が成立。長年の懸案であった問題が一つ解決することになりました。

自民のパワハラ四天王の一人も菅政権をアゲアゲ

 他にも、こども庁の設置に向けた準備室の立ち上げ。参院議員の山田太郎さんが指摘してきたように、児童福祉、教育、出生率向上など、かねて「高齢者に比べると、母親、赤ちゃん、子供への社会保障予算の配分が少ない」と指摘されてきた問題に対して、新たな組織の設置とともに改善に向かうことが期待されます。

 さらに、文字通り1年でできあがるデジタル庁は、菅義偉政権でなければなかなか道筋がつけられなかった案件じゃなかったかと思います。途中、官邸との水面下での蹴り合いもありつつも、デジタル大臣の平井卓也さんですら「デジタル庁立ち上げは菅首相の功績」と持ち上げています。

 外資系資本が匿名で自衛隊基地や原子力発電所周辺などの土地を買収することを規制する重要土地取引規制法の成立も、野党からの大きな反発がありましたが、安倍政権の積み残した大問題を解決した代物でした。

 政権立ち上がり当初は、例えば「携帯電話料金の引き下げで国民の可処分所得を増やす」とか微妙な物言いをしていた上に、環境大臣に就任した小泉進次郎さんが突然レジ袋有料化とか言い始めて不安感でいっぱいでした。ところが、蓋を開けてみたら小泉さん周辺以外は手堅く、「経済財政運営と改革の基本方針2021」の閣議決定し、それに伴い最低賃金を引き上げました。

 また、国民投票法の改正も「全世代型安全保障改革」の調整難航を乗り越えてあっさり最終報告を閣議決定し、不妊治療への保険適用範囲を拡大しました。これら、安倍政権末期ではなかなか突破できなかった問題を次々に処理した、まさに菅義偉らしい政権だったように思います。

 何よりも、なんだかんだ問題はありつつも、最後まで尾身茂さんを中心としたコロナ対策分科会の話は最後まで聞き、ファイザー&ビオンテックやモデルナのワクチンは全国民分の調達を成し遂げ、いまやコロナワクチン接種については欧米諸国の二回接種率と同等の割合まで引き上げました。

 私も当初「1日100万回接種は難しかろう」と思っていたところ、ワクチン担当大臣に据えた突破力のある河野太郎さんと、そのシステム開発を担い円滑なワクチン配送と接種の道筋をつけた内閣府大臣補佐官の小林史明さんのセットは充分な仕事をし、100点満点ではないけれどワクチンを行き届かせるためには合格点と言える結果を果たしたのは印象的です。

 もちろん、その道筋は平たんではなく、また国家(政府)と厚労省都道府県自治体のおのおのの機能の分断という日本ならではの課題もまた浮き彫りにしましたが・・・。

オリンピックの成否は微妙もワクチン政策は評価すべき

 その結果として、安倍政権ではなかなか前に進められなかった内政面での各種政策については法案が成立したり、次の政権に引き継げる準備が進んだりして、たった1年の菅義偉政権が一定の成果を挙げたことはそれなり以上の評価を下すべきだと思うのです。

 その中での一番の功績はワクチン政策でありましょう。安倍政権末期、本当にグダグダコロナ環境でありながら、少なくとも高齢者にはほぼ希望者全員にワクチン接種が行き渡り、医療関係者や救急隊員の多大な協力を引き出しながら、この夏の感染者もあれだけ出しながら、死者は驚くほど少ない数字で収まったという点で、菅政権のワクチン政策は成功であったと言えます。そればかりか、予備的に調達していたアストラゼネカ製ワクチンを台湾に提供することも含めて、充分に日本のプレステージが確保できる方針を打ち立てることができたのも、菅政権の功績ではないかと思います。

 いわば、菅政権は日本人の命を救ったといっても過言ではありません。どんどん支持を失い、国民から「菅さんじゃ駄目だな」と言われながらも、日本人があまり死なずに済んだのは、「7月末までの高齢者全員接種」「1日100万回以上接種」という菅さんの指令が功を奏したからに他なりません。

 他方、政権の支持浮揚を狙った東京オリンピックパラリンピックの開催強行がありました。京都大学西浦博さん(感染症疫学)ら感染症専門家が総じて開催そのものに反対をする中、もう1年の延期という選択肢は本当になかったのか。総費用3兆円とも言われる開催費用に見合う効果はあったのか。開催期間中に国民民主党玉木雄一郎さんら野党も求める臨時国会を開かず、コロナで縮退した経済を支える補正予算・財政出動をしなかったのは妥当だったのか──という反省点は残されたままです。

 東京オリンピックを開催すれば、国民は気分高揚して政権支持率は上がるだろうという見込みもあったかもしれませんが、仮に東京オリンピックが楽しかったからと言って、そこで「菅さん、楽しかったよ。ありがとう」と支持率が上がるなんてことはまるでなかったというのは残念なことです。

 オリンピック開催期間中、スポーツの祭典をやっているにもかかわらず、国民には緊急事態宣言で行動自粛を強いたことそのものが、菅政権に対する不信感を醸成してしまった面は否めません。

小池百合子との愛憎、小泉進次郞に対する慈愛

 本来であれば、総理大臣であり日本のリーダーそのものである菅義偉さんがカメラの前に立ち、あるいは街頭に出て、国民に向けて「私はこう考えています」という話を伝えてくれさえすれば。または、記者会見の場で悪意を含みながらも菅さんの真意を聴きたいマスコミの面々に、もう少し正面から菅義偉さん本人の言葉で考えや狙い、気持ち、見通しを語り、国民に理解と協力、そしてみんなでコロナに打ち勝ち、より良い社会を築くための結束を呼びかけられていれば。

 菅義偉さんの仕事の品質の高さに比べて、あたかも良い仕事をしていれば説明などせずとも国民は分かってくれるはずだというような朴訥さが、コロナという危機的局面では仇(あだ)となり、結果として「菅義偉さんは総理大臣の椅子にしがみつきたいから、言質を取られないようにするため前に出ないようにしているのだ」という誤解を呼んだのではないかと思います。

 本当であれば、そういう菅義偉さんの真意を知り、それを国民に伝えていくべきブレーンと言われる人々(高橋洋一さんや三浦瑠麗など)が、まるでコロナは風邪だと言わんばかりに経済優先の政策を主張して、菅義偉さんが本当に救った日本人の命の重さ、尊さを理解しないまま股裂きになってしまったのは残念なことです。

 恐らくは菅義偉さんとは何だったのかという振り返りの中で、コロナ下の政権運営という非常時に菅さんが優先させたこと、それによって多くの日本人が助かったこと、ワクチンの交渉も、こども庁もデジタル庁もその他重要法案の成立も改めて評価されることになるでしょう。

 一方で、未来に残る禍根はやはりデジタル庁と脱炭素社会(二酸化炭素排出量削減に対するコミット)です。

 正直、地味で口下手な菅義偉さんですが、時に派手で魅力的な政治家たちの不倶戴天の敵となり、時にただの手駒としか思えない若手を後見人のような慈愛で包み込むということがあります。前者は都知事の小池百合子さんとの抜き差しならない感情的な対立であり、後者は環境大臣に据え、やりたい放題やらせた上に、最後は涙の説得で総裁選出馬辞退の原因にまでなった小泉進次郎さんです。

 どちらも為政者としては著名で人気者だけど、政策実現という点では中身のない人たちです。実務型で地味な菅義偉さんの周りにいて、あらゆる重要な局面で、菅義偉さんの政治人生で絡んできたのが印象的ですが、ある意味で、彼らは菅政権だから輝けたという面はあるかもしれません。

捨てがたいあの実務能力

 仮に今回は総理大臣自民党総裁を辞すとしても、恐らくほとんど隙間なく、元総理として、元名番頭として政権中枢や党務に舞い戻り、精励されるのではないかと思います。

 自分を指名したはずの安倍晋三さんや副総裁の麻生太郎さんに三行半を突き付けられ、頼みの二階俊博さんとも最後には離れざるを得なくなり、足元の神奈川県連からも小此木八郎さんが横浜市長選で惨敗した件を含め、選挙の顔にならないと突き放された結末ではありますが、実直な仕事人であった菅義偉さんが今の日本政治、日本社会に果たす役割はまだまだ残されていると思うんですよね。

 何よりも、働き詰めで頑張った菅義偉さんにはお疲れさまでしたと言いたいし、支えた和泉洋人さんほか官邸の面々もまずは一度肩の荷を降ろしてリラックスできる日が来るといいなと思います。

 菅義偉さんに、たくさんの命を守ってくださりありがとうございました、という言葉がきちんと伝わればいいんですが。投資家的には、菅義偉さんの勇退によって、日経平均が3万円を回復したのは良かったのか、悪かったのか。

【修正履歴】三浦瑠麗氏は政府参与ではなく成長戦略会議の有識者メンバーでした。当該箇所を修正しました(2021年9月9日

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