(北村 淳:軍事社会学者)

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 北朝鮮が長距離巡航ミサイルの試射に成功した。飛距離は1500km程度であったため、少なくともこの程度の飛翔能力を有したミサイルが実戦配備されれば、北朝鮮国内から日本のほぼ全域を攻撃することが可能となる。

 北朝鮮が対日攻撃可能な長距離巡航ミサイルを手にしたことによって、日本直近の全ての隣国、すなわちロシア北朝鮮、中国、韓国、そして台湾は日本の領域(全域あるいは一部)を攻撃可能な長距離巡航ミサイルを保有する状況になった。それら隣国のうち台湾を除く4カ国は、いずれも日本の領域(全域あるいは一部)を射程圏に収める弾道ミサイルも保有している。

 それらの長距離巡航ミサイル弾道ミサイルのうち北朝鮮と台湾の長射程ミサイルはいずれも地上移動式発射装置から発射されるが、ロシア、中国、韓国の長射程ミサイル潜水艦発射型も対日攻撃が可能である。また、中国とロシアは地上移動式と潜水艦発射型に加えて、水上戦闘艦発射型とミサイル爆撃機発射型の長距離巡航ミサイルも運用中である。さらに中国は弾道ミサイルよりも高速で攻撃する極超音速グライダーも開発中だ。

 もちろん、日本の領域を攻撃することが可能なミサイルを保有していることがそのまま日本にとり直接の軍事的脅威というわけではない。台湾は日本にとってアメリカ以上に親日国といって差し支えないし、韓国も現時点では軍事的脅威とみなすわけにはいかない。

 しかし、地政学的状況の激変は突然起こりうるものだ。そのため、日本に隣接している国々の全てが、日本各地の戦略要地や重要社会インフラそれに軍事関連施設を破壊することが可能な長射程ミサイルを保有している以上、日本としては万が一の事態に備えておかなければ、新型コロナウイルスによって医療崩壊を引き起こしている状況以上の惨状に安全保障分野で直面することになる。

一変した長射程ミサイルの状況

 もっとも、長射程ミサイルによる対日攻撃への対処策はかねてより議論されていなかったわけではない。今回の自民党総裁選においても、メディアは話題の1つとして取り上げているようである。いわゆる「敵基地攻撃能力」に関する議論である。

 しかし河野氏が指摘しているように「敵基地攻撃」という表現は「ずいぶん前の議論」である。昭和30年代(たとえば第24回国会、昭和31年2月29日の舩田大臣答弁)においては、弾道ミサイルは地上(半地下を含む)に設置された固定装置から発射された。したがってそのような発射装置が備え付けられているミサイル基地を攻撃するという意味で「敵基地攻撃」という表現が誕生したわけである。

 それから半世紀以上経った現在では、長射程ミサイルの状況は一変している。冒頭で指摘したように、500~2000km以上も離れた地点から日本の領域を攻撃するミサイル弾道ミサイルだけではなく長距離巡航ミサイルも登場している。そして、現在各国が運用している日本を攻撃することが可能な長射程ミサイルのほとんどが、地上固定発射装置すなわちミサイル基地からではなく、地上移動式発射装置(TEL)、水上戦闘艦艇(駆逐艦、高速ミサイル艇)、潜水艦(戦略原潜、攻撃原潜、AIP潜水艦)、航空機(ミサイル爆撃機、戦闘爆撃機)などの様々な発射装置(以下、プラットフォーム)から発射されることになる。

 したがって、敵の対日ミサイル攻撃戦力を攻撃することを「敵基地攻撃」というのはもはや完全に時代遅れである、というよりは誤った表現である。したがって、政府も、国会も、メディアも、即刻この時代遅れでかつ誤った表現は廃止しなければならない。

移動する発射装置への攻撃はほぼ不可能

 それではいかなる表現が正しいのであろうか?

 既に繰り返しているように、現在の対日攻撃用長射程ミサイルは様々なプラットフォームから発射されるが、曲がりなりにも自衛隊は敵航空機や敵艦艇を攻撃する戦力は保有している(それが質・量ともに十分なレベルかどうかは別問題であるが)。しかしながら、敵の領土内の地上を自由に動き回るTELを攻撃する戦力を自衛隊は保持していない。

 そのため、現在日本で「敵基地攻撃能力を保有すべきである」としている論者たちの念頭には、中国やロシア北朝鮮などの領域内のミサイル発射装置やコントロール装置といったミサイル関連装置(それらの大半は車輌に搭載された地上移動式である)をこちらからも長射程ミサイルを発射して破壊してしまう戦力を自衛隊に保持させよう、というアイデアがあるものと思われる。

 しかしながら、このような攻撃を成功させるには、敵のTELなどの位置を正確に特定し、敵の攻撃準備動向を逐次把握し、敵が対日攻撃準備を開始した段階(どのように判断するのかは稿を改めねばならない)から極めて短時間で(攻撃準備開始から発射まで若干時間を要する弾道ミサイルの場合でも15分はかからないと言われている)、それらの攻撃目標を破壊しなければならない。

 対日攻撃が敢行される場合、1発や2発のミサイルが発射されるわけではなく、数十発から数百発、場合によっては2000発近く(中国による対日短期激烈戦争)の各種長射程ミサイルが発射される可能性が高い。したがって、自衛隊によって破壊すべきTELや関連車輌は数十両から数百両、場合によっては1000両を超えることになる。

 要するに、このような敵の多数の地上移動式ミサイルシステムを攻撃するのは、早期警戒偵察衛星、高高度偵察機弾道ミサイル、長距離巡航ミサイルミサイル爆撃機、戦闘攻撃機それに無人長距離偵察機などを世界で最も数多く運用しているアメリカ軍でさえ、不可能に近い作戦である。それだからこそ、中国軍は地上移動式発射型の長射程ミサイル戦力の強化に邁進しているのである。

日本が備えるべきは「敵地反撃抑止能力」

 以上のように、現時点において、中国や北朝鮮それにロシアなどの多数の対日攻撃用地上移動式長射程ミサイルシステムをピンポイントで破壊できる長射程ミサイル戦力の構築ははなはだ難しい。

 しかし、中国や北朝鮮などの領域に到達する長射程ミサイル自衛隊が多数保有して、万が一にも日本がミサイル攻撃を被った場合、自衛隊が敵の戦略要地に対して強烈な反撃(報復攻撃)を実施することができれば、十分にはほど遠いとはいえ最小限度の抑止力を日本は保有することになるのである。

 したがって、誤った表現である「敵基地攻撃能力」は、「敵地反撃抑止能力」とでも言い換えるべきであろう。

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