1.タリバンの評価と情報収集

 8月末、日本政府によるアフガニスタンの首都カブールからの脱出作戦が遅れ、現地で日本の活動を支援してくれていたアフガニスタン人などが現地に取り残された。

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 これについて様々な問題点が指摘されているが、筆者が重視するポイントは、現地の情報収集力が高ければこうした事態を未然に防ぐことができた可能性が高いということである。

 カブールの日本大使館から外務省の全職員が国外退去する際にも、他国がどのように対応しているかという情報が不足していたため、一部の職員が空港に残って必要な情報収集や邦人および邦人関係者の保護にあたるという選択肢が採用されなかったと指摘されている。

 もし十分な情報が入手できていれば、外務省本省サイドから的確な指示を送ることもできたはずである。

 日本政府は今後のアフガニスタンに対する支援方針も表明しているが、それを有効に実施するには的確な情報収集が不可欠である。

 アフガニスタンの新政権はタリバンが掌握している。日本国内の世論ではタリバン=テロ組織という認識が多数派である。

 これは米国政府やメディアなどがそのような情報を流している影響が大きい。

 しかし、アフガニスタンの情勢に詳しい有識者の見方では、タリバンは必ずしもテロ集団ではない。

 もしテロ集団としての性格が強ければ、もっと暴力的であり、アフガニスタン人からの支持も得にくいはずであると指摘されている。

 しかし、米軍すら予想できなかったほどの速さで、深刻な軍事的な衝突もなく、短期間のうちにカブールを支配した。

 これは、アフガニスタン人からの強い支持がなければ実現しなかったはずである、というのが上記の有識者の見方である。

2.アフガニスタン難民問題の背景

 欧米の有識者は、米国政府がアフガニスタンに大量の資金を投入して復興を支援し、一定の成果を得たと主張していることに対して懐疑的である。

 2001年から米国のサポートによる国家統治および復興支援がスタートした。

 しかし、それから十数年を経た2015年にも、数十万人というアフガニスタン人を含む100万人以上の難民が欧州諸国に流入した。

 ハンガリーのような小国にとっては自国の総人口の10%近い人数の難民が押し寄せた。

 そうした難民の一部は道を通らず、畑を踏みつぶし、野菜や果物を手あたり次第食べ尽くした。

 さらに、主要都市市街地のターミナル駅などに数万人の極貧の難民が居座ったため、治安も悪化した。

 このためそれらの国の国民はそうした地域に近づくことができなくなり、農作物の被害と併せて甚大な経済的損失を被った。

 最終的にはドイツなどが難民を受け入れ、事態を打開した。

 そうした過去の経緯もあって、つい最近もフランスのエマニュエル・マクロン大統領が、ヨーロッパはアフガニスタンからの「不法移民の大きな波から自らを守る」必要があると述べ、難民受け入れに消極的な姿勢を示した。

 このように、欧州各国は難民の受け入れに対して消極的な立場をとらざるを得なくなっている。

 こうしたこれまでの様々な経験に照らし合わせて考えると、もし米国の復興支援が成果を上げていれば、これほど多くのアフガニスタン人が母国を捨てて難民として他国に逃れるという事態を招くことはなかったはずであると欧州の有識者は見ている。

 タリバンがテロ組織ではなく、国際的な支援を受けながらアフガニスタン地域の復興に真剣に取り組むのであれば、日本としてもアフガニスタン支援に積極的に取り組むべきである。

 中村哲医師がリードし、地元民の手による灌漑設備の構築と農業の収穫増大・食糧確保の成功はアフガニスタン人が草の根ベースで実現した成果である。

 こうした民間組織の地道な努力の成果を支援するのも日本としての新たな支援の進め方である。

 その際に、具体的な支援策の効果、関係者の身の安全の確保、長期安定的に取り組むことができる方法などを考えるには、現地での的確な情報収集が不可欠である。

3.中国理解に関する情報不足

 現地情勢に関する情報不足の問題は中国理解についても当てはまる。

 日本で通常得られる中国関連情報は政治・外交・安保関係に偏っており、中国の経済・社会・文化に関する報道は少ない。

 このため、民主主義とは異なる政治体制の特徴、対外強硬姿勢、東シナ海・南シナ海における中国の軍事的脅威といったネガティブな側面が強調される傾向が強い。

 加えて、ここ数年は米中関係が悪化しているため、米国の政府・有識者・メディアなどからは中国に対するネガティブな評価ばかりが流入する。

 特に日本の政府関係者やメディアの情報収集の中心地はワシントンDCである。このワシントンDCで話題に上る情報は政治外交分野に偏っており、経済分野は少ない。

 このため、米国内でも特に反中感情が強い。

 それにもかかわらず、その強いバイアスがかかった見方が米国を代表する見方として紹介され、誤解を招いている。

 つい最近もそうした日本の欠陥が招いた問題を耳にした。

 日本を代表するある一流企業の中国駐在幹部によれば、本社サイドにおいて日本政府関係者が常日頃、中国に関するネガティブな情報を強調している。

 このため、同社経営幹部層は自らの努力で情報を収集して裏付けを確認することもなく、それらの情報を鵜吞みにし、対中投資について慎重一辺倒の姿勢を取り続けている。

 彼らは中国市場で積極的に投資を拡大する欧米一流企業の実態に目を向けようともしない。

 結果として、必要以上に消極姿勢となり、中国市場でのビジネスチャンスを生かす意欲すら乏しいという状況が続いている。

4.情報収集能力向上のための課題

 こうしたバイアスを修正するには、第1に、米国と一定の距離を取り、情報を鵜呑みにしないことである。

 冷静かつ客観的な視点から米国を評価する傾向が強い欧州の有識者と常時情報交換を続け、バランスの取れた情報源から情報を収集することが必要である。

 第2に、アフガニスタンや中国の現地で経済・社会・文化面の情報を地道に収集し、的確な分析を通じて情勢を総合的に判断することが重要である。

 具体的には以下のような視点が考えられる。

 現在のタリバンは本当にテロ組織なのか、以前のタリバンと現在のタリバンを比較してどのような点が変化し、何が変わっていないのか。

 中国はどのような施策によってコロナ感染拡大の管理・予防に成功したか。米中対立の激化や米国の厳しい対中制裁にもかかわらず、欧米企業が積極的に中国ビジネスを拡大し続けているのはなぜか。

 中国各地の地方政府がいかに日本企業を歓迎しているか。日本企業のビジネスチャンスとなる中国市場のニーズはどのように変化しているか。

 こうした情報を客観的なデータに基づいて地道に収集・分析し、政治・外交・安保だけではなく、経済・社会・文化面から総合的に判断し、バランスの取れた対中政策、中国事業を運営することが必要である。

 アフガニスタン復興支援にせよ、対中外交や中国ビジネスへの取り組みにせよ、的確な政策判断、経営判断には正確な情報が不可欠である。

 政府としてはインテリジェンス機関を創設し、政治・外交・安保に加えて、経済・社会・文化に関する幅広い情報を正確かつバランスよく収集し、グローバル情勢を的確に分析する能力を高めることが必要である。

 一方、企業としては情報収集にかける予算を大幅に増額し、情報収集の量と質を高めるとともに、経営幹部層がグローバル市場各地の情報収集の重要性に対する認識を深めることが重要である。

 特に管理部門の経営企画、法務、財務、人事各部門のトップが、こうした認識を共有することが重要である。

 以上のような組織の意識改革を断行するにはトップリーダー自らのリーダーシップが不可欠である。

 政府であれば首相、企業であれば社長・CEO(最高経営責任者)が先頭に立ってこうした意識改革を徹底させ、必要な組織や仕組みを立ち上げ、政策・経営全体の判断・運営において常に正確な情報を要求する組織文化を根付かせることが求められている。

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