(池田 信夫:経済学者、アゴラ研究所代表取締役所長)

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 自民党総裁選挙で、各候補の主張がだんだん明らかになってきた。特に有力候補とみられる河野太郎氏が核燃料サイクルの廃止を打ち出す一方、岸田文雄氏がその存続を主張し、政策論争の争点に浮上してきた。

 この問題は今まで「核燃料サイクル廃止=原発廃止」と短絡的に理解され、反原発派はサイクル廃止を求め、推進派はその維持を求めるという対立が続いてきたが、これは誤解である。サイクルをやめ、行き詰まった原子力産業を再生させることが脱炭素の決め手なのだ。

核燃料サイクルは19兆円以上かかる大赤字プロジェクト

 まず核燃料サイクルを簡単に説明しておこう。これは1990年代に始まったもので、本来は図の右のように原発から出た使用済み核燃料を再処理工場で処理してプルトニウムを抽出し、それを高速増殖炉(FBR)で燃やす。FBRは消費した以上のプルトニウムができる「夢の原子炉」といわれたが、その原型炉「もんじゅ」は2016年に廃炉になり、高速増殖炉サイクルは不可能になった。

ウランの埋蔵量が80年分しかないので再処理で使い回す必要がある」という話も、採掘技術の進歩で非在来型ウランが採掘できるようになり、意味がなくなった。その埋蔵量は300~700年と推定され、海水ウランはほぼ無尽蔵である。コストも在来型の2倍程度まで下がり、核燃料サイクルよりはるかに低コストである。

 しかしその後も政府は、軽水炉サイクルを維持している。政府がそのメリットとしているのは、高レベル核廃棄物からプルトニウムを抽出してガラス固化し、体積を1/4程度にして地層処分しやすくすることぐらいしかない。

 そのための再処理工場は青森県六ヶ所村で完成しており、来年(2022年)から運転開始する予定である。その建設費は2兆9000億円だが、これからそれを運転してできるMOX燃料(プルトニウムウラン混合燃料)のコストはウランをそのまま燃やすコストの9倍である。

 これは電力会社が買い取ってプルサーマルと呼ばれる原子炉で燃やすが、ウランを再処理してわざわざコスト9倍のMOX燃料に加工し、それを燃やすのは膨大な無駄づかいである。

 これについては2004年に19兆円の請求書という怪文書で「再処理工場を動かすと今後40年間で19兆円~50兆円のコストがかかる」と経産省の官僚が内部告発した。

 この怪文書には「核燃料サイクルに異議を唱える有識者」の一人として河野太郎氏が入っている。彼は20年近く前からサイクルに疑問をもち、その廃止を主張してきた。その理由は単純である。大幅な赤字の見込まれる核燃料サイクルは、ビジネスとして成り立たないからだ。なぜこんな赤字プロジェクトが、それからも20年近く続いてきたのだろうか?

核燃料サイクルの抱える政治的な問題

 第1の理由は余剰プルトニウムである。私が六ヶ所村の再処理工場を見学したとき印象的だったのは、IAEA(国際原子力機関)の査察官が24時間体制でプルトニウムの貯蔵量を監視していたことだ。プルトニウムは8kgあれば、原爆を1個つくれる。いま日本の保有しているプルトニウム46トンは、原爆約6000発分なのだ。

 このため日米原子力協定で、日本は余剰プルトニウムをもたないことが定められ、再処理でできたプルトニウムプルサーマルで燃やすが、これで毎年消費できるプルトニウムは最大1トン。再処理工場が動くと毎年最大8トンのプルトニウムができるので、余剰プルトニウムはどんどん増えてしまう。

 第2の理由は国と青森県の約束である。地元は「六ヶ所村はゴミ捨て場ではなく工場だ」ということで使用済み核燃料を受け入れたので、再処理したプルトニウムは50年以内に他に運び出さないといけない。

 民主党政権が2012年に「2030年代原発ゼロ」を閣議決定しようとしたときは、青森県知事が「原発ゼロにして再処理をやめるなら、六ヶ所村にある3000トンの使用済み核燃料は全国の発電所に送り返す」と通告したため、民主党政権は閣議決定できなかった。だから地元との約束を守るために膨大なコストをかけて再処理するのだが、これは本末転倒である。

 第3の問題は、全量再処理をやめると核燃料がゴミになることだ。いま日本にある使用済み核燃料1万8000トンの資産価値は約15兆円(2012年原油換算)だが、これがすべてゴミになると(使用済み核燃料を保有する)電力会社は大幅な減損処理が必要になり、弱小の会社は債務超過に陥る。

 これは会計処理を変えれば解決できる。使用済み核燃料を引き続き資産として計上し、毎年少しずつ分割償却する制度を導入すればいいのだ。これは廃炉の処理で導入されたのと同じで、固定資産税は軽減され、法人税の支払いも減る。これによって電力会社の(将来にわたる)税負担は数兆円単位で軽減される。

 意外に大きな問題は、海外に置いてある37トンのプルトニウムである。これは最終的にすべて日本に搬入されることになっているが、各電力会社に所有権があるので、政府が変更できない。これはそのまま引き取ってもらい、政府が賠償する必要がある。

永久に「中間貯蔵」すればいい

 以上のように核燃料サイクルの問題は政治的には複雑だが、技術的には簡単な解決策がある。使用済み核燃料をキャスクと呼ばれる容器に入れ、発電所のサイト内で乾式貯蔵するのだ。

 乾式貯蔵はむつ市ですでに始まり、四国電力伊方発電所九州電力玄海発電所中部電力の浜岡発電所などではサイト内乾式貯蔵の工事が行われている。今は最終処分までの一時的な保管方法ということになっているが、このまま100年置いても200年置いてもかまわない。

 乾式貯蔵は枯れた技術で、空気が循環するだけで冷却できるので放置しておけばいい。サイト内だから立地問題はなく、コストは再処理の1/100以下である。再処理をやめたアメリカでは約100基の原発が動いているが、高レベル核廃棄物はすべてサイト内で乾式貯蔵している。

 つまり地下数百メートルに埋める地層処分は必要ないのだ。「10万年後の安全が保証できない」などという議論は目の届かない地下に埋めるから起こるので、地上に置いておけば警備もでき、何かあっても対応できる。地下水に漏れ出す心配もない。

 最終処分地が見つからなくても、中間貯蔵地にずっと置けばいい。サイト内にキャスクを置くことには地元が反対するので、電力会社は「中間貯蔵ではなく構内貯蔵だ」という協定を地元と結んで乾式貯蔵しているが、その限界が来たら、六ヶ所村に運べばいい。

 六ヶ所村には300年分ぐらいの貯蔵スペースがある。再処理の目的は地元との約束を守るための時間稼ぎなので、再処理工場が動く必要はない。運転は延期し、地元と話し合って協定や会計規則などを見直すことが現実的だろう。

 このまま問題を先送りしても展望はない。未来のない核燃料サイクル事業にエンジニアを閉じ込めるより、小型原子炉などの次世代技術に転用し、世界トップクラスの日本の原子力技術を守る必要がある。原子力なしで脱炭素化は不可能である。

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青森県・六ヶ所村の核燃料再処理施設。建設中の様子(1995年4月13日、写真:Fujifotos/アフロ)