体長1ミリ程度の多細胞生物である線虫は、どのようにして次の世代へと記憶をつむいていくのだろう?例えば、食べると病気になってしまう食物の危険性を伝えることができれば、種が生き残る確率が高くなる。
新たな研究によると、食中毒を起こした線虫は、その記憶を遺伝情報を伝えるRNAに刻み込み、子供や仲間たちと交換していることがわかったという。
そんな驚くべき記憶伝達メカニズムが『Cell』(21年8月6日付)に掲載された。
『米プリンストン大学のグループの研究によると、多細胞生物として最初に全ゲノム配列が解読された生物で、モデル生物として広く使われている「カエノラブディティス・エレガンス」という線虫は、食中毒の記憶をRNAに記録することができるという。
そのRNA情報は親から子へと伝えられ、食中毒の記憶もまた受け継がれる。だがそれだけでない。
通りすがりの仲間が崩壊する体から漏れ出たRNAを食べると、その仲間にも記憶が伝わり、食中毒を起こす菌を避けるようになるのだという。
線虫の記憶伝達メカニズム
昨年、分子生物学者コリーン・マーフィー氏らは、線虫が「緑膿菌」を食べたときにどのように反応するのか観察していた。緑膿菌は一見美味しそうなエサだが、線虫に食中毒を引き起こす危険な菌だ。
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すると緑膿菌を食べた線虫は、腸内の緑膿菌からRNA(P11など)を吸収することが明らかになったのだ。RNAとはリボ核酸のことで、細胞の核や細胞質中に存在し、DNAとともに遺伝やタンパク質合成を支配する。
P11は線虫の「maco-1」という遺伝子に結合する。maco-1は感覚認識に関係していることが知られているが、結合によって線虫は緑膿菌が危険であることを「学習」した。
親子間だけではなく、血のつながりのない仲間も記憶が伝達される
しかもこうした行動の変化は、親世代だけでなく、その子供にも受け継がれ、少なくとも4世代は緑膿菌を避け続けたのである。
だが今回の研究では、RNAの記憶が、親から子だけでなく、まったく関係のない仲間にも伝達されることが確認されている。
ただし、そのためにはまず体が崩れて、RNAが体の外に漏れ出なければならない。
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実験では、緑膿菌が危険であることを学習した線虫を粉砕したものか、あるいはそれが泳いでいた培地を他の線虫に食べさせると、何も知らなかったはずの線虫まで緑膿菌を避けるようになることが確認されている。
RNA以外にも記憶の伝達に関与する遺伝子が存在
しかし中には仲間のRNAを食べても学習できない線虫もいた。このことはRNA以外にも記憶の伝達に関与している何かがあることを示唆している。
その何かとは、「Cer1」という”動く”遺伝子(レトロトランスポゾン)だ。この遺伝子はある遺伝子から別の場所へと移動することができる。まるでウイルスのような粒子を作りだし、自分の体内だけでなく、別の個体にまで記憶を移していくのだ。
実際、Cer1を持たない線虫は、せっかくの記憶入りのRNAを与えられても、相変わらず緑膿菌を食べ続けた。
こうした学習法には危険がないわけではない。関係のない遺伝子が移動してくることで、それが問題を引き起こすこともあるからだ。そのようなリスクがある以上、それに見合ったメリットがあるはずなのだという。
人間も親から記憶が伝達されている?
その後の行動を変えることになる体験が、子孫に受け継がれるという説は、半世紀前なら大いに物議をかもした。
たとえば、アメリカの動物心理学者ジェームズ・V・マコンネルは、プラナリアが仲間を食べることでその経験を受け継ぐという学説を提唱したことで、強い批判にさらされた。
しかし現在では、今回の線虫のように、環境ストレスによって遺伝子のスイッチが切り替わり、その後何世代にもわたって受け継がれることがわかってきている。
このことは線虫だけでなく、ミバエやマウスといった動物でも確認されており、さらに人間も例外ではないらしいことが示唆されている。
References:Scientists discover a mechanism for memory transfer between individuals in C. elegans / Murphy Lab scientists discover a mechanism for memory transfer between individuals in C. elegans | Department of Molecular Biology / written by hiroching / edited by parumo
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