(川島 博之:ベトナム・ビングループ、Martial Research & Management 主席経済顧問)

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 政府を批判する言動を厳しく規制している中国では、人々が大声で政治を語ることはないが、それでも政治の話は大好きであり、仲間内ではネットに公表できないような噂話が勢いよく拡散している。

 習近平が「共同富裕」なる言葉を言い出したことに関連して、ある中国人から面白い話を聞いた。

大都市の中に生まれた深刻な格差

「共同富裕」という言葉は日本でも広く報道されているが、当の中国ではそれは歴史の転換点を示す言葉として捉えられている。

 習近平が「共同富裕」なる言葉を言い出した背景には、中国の格差が許容できないぐらいにまで拡大したことがある。中国がものすごい格差社会であることは日本でもよく知られているが、その格差はこの10年ほどの間に大きく変質した。

 中国の格差と言えば農村問題。都市に住む人々は経済成長の恩恵を被ったが、農村は貧しいままに据え置かれている。農村が貧しいことは、胡錦濤政権時代に三農問題(農村、農業、農民)がクローズアップされていたことからも分かる。

 しかし、そのような都市と農村という図式は大きく変化した。若者が職を求めて農村から都市に移動したことにより農村の人口が減少し、その一方で農民工の子として都市で生まれた人々が増えたためだ。中国には戸籍制度があり、農民戸籍であると就学などにおいて不利益を被る。ただ現在、北京、上海、広州、深圳の4つの都市を除けば、農民が都市戸籍を取得するハードルは低くなっており、多くの農民が都市戸籍を手に入れている。都市戸籍を持つ人は全人口の半分程度になった。その結果、農村は老人が住む場所になっている。

 農村が貧しい地域であることに変わりはないが、現在は貧しいと言っても食料の入手に困ることはなく、テレビ、冷蔵庫、洗濯機なども普及し、自動車を持つ人も出始めている。もはや中国に絶対貧困と呼ばれる地域はない。

 そんな中国でなぜ格差が問題になるのであろうか。昨今問題なっているのは、都市における格差である。中国人の約半数は都市に住んでいる。北京や上海はそれぞれ2000万人都市となり、それに広州や深圳、南京、成都、杭州といった大都市の人口を加えると、その合計は約2億人になる。

 都市と農村の格差の激しい中国では、大都市に住んでいるだけで幸せと思われてきたが、その大都市の中に深刻な格差が生まれた。住宅価格が高騰したからだ。中国の不動産バブルは2000年頃から顕在化したが、これまでバブルが崩壊することはなかった。その結果、中国の不動産価格は天文学的と言ってよいほどにまで高騰してしまった。北京や上海ではごく普通のマンションが日本円で2億円以上もする。中心部に行くのに交通機関を乗り継いで1.5時間から2時間程度かかる郊外のマンションでも、1億円程度である。大都市に住む中国人の平均収入は日本人の約半分だから、庶民にとってマイホームは高嶺の花になってしまった。

富裕層の愛人が社会問題に、なぜバレたのか

 ここまでのことは、日本でもよく知られた話だ。今回、知人が語った話はその続きである。

 不動産バブルは不動産や金融に関わるごく一部の人々に巨万の富を与えた。日本でも1980年台後半に金融や不動産に関連した会社の経営者が短時間で巨万の富を得て「バブル紳士」などと呼ばれた時代があったが、現在の中国の状況はそれを遥かに上回っている。

 巨万の富を得た経営者が聖人君子であれば習近平の口から「共同富裕」などといった言葉が発せられることはなかったであろう。だが、バブルで巨万の富を得たほとんどの人物は聖人君子ではなかった。

 昨今、中国の富裕層の間で最も注目を集めているキーワードは「愛人」だそうだ。まあ中国だけではないと思うが、短時間で巨万の富を得た人物は、得てして愛人をつくる。中国文明には愛人をたくさん持つことが成功の証であるとの伝統があるようで、考えられないような数の愛人をつくるケースが後を絶たない。

 この1月、金融関連国営企業のトップであった頼小民に対して死刑が言い渡された。罪状は巨額の汚職である。中国では死刑判決が出ても執行が猶予され実質的には無期懲役となるケースが多いが、頼小民は、判決後にそれほど時間をおくことなく刑が執行された。頼小民は愛人が100人もいたと噂されていた。この話に象徴されるような社会状況は中国社会に暗い影を落としており、習近平が「共同富裕」を言い出さざるを得ないような状況を作り出してしまった。

 知人は、富裕層の抱える愛人が社会問題にまでなった理由は、宅配ビジネスが急速に普及したためだと言う。中国は古来より格差社会である。格差は今に始まったことではない。しかし、宅配ビジネスが流行するまで格差は隠蔽されていた。庶民は富裕層が住む地域にめったに足を踏み入れない。また訪れたとしても遠くから豪邸を眺めるだけだった。そのような状況では庶民が格差を実感することは難しい。

 しかし宅配サービスが普及したために、配達人が富裕層の住むマンションのドアの前まで行くことになった。ドア越しに内部を覗き見ることもある。すると、愛人。ネット社会になって富裕層の愛人が配達人の目に触れる社会が出現した。

 知人によると、中国で愛人になるような人物は美人ではあるが倫理観に欠け、かつ勤勉ではないことが多い。そんな人物は料理も苦手だ。多数の愛人を抱える主人はめったにマンションに顔を出さない。そこに新型コロナとネット社会がやってきた。ネットで注文すれば、いつでも豪華な料理を食べることができる。彼女らは豪華な宅配料理の常連になった。そして料理を届ける人々に接して、傲慢な態度をとっている。それが良い評判につながるわけはない。

「あの豪華マンションに住む女はいつも豪勢な料理を注文する。受け取りの態度も横柄だ。服装もだらしない」──そんな噂が配達人たちの間に急速に広がっていった。ネット宅配サービスによって、庶民が富裕層の生活を直接垣間見る時代が訪れた。少し前にはやった日本のテレビドラマではないが、中国版の「家政婦は見た」である。

共産党が恐れる都市での暴動

 ここで配送に関わる人々の出身が問題になる。現在、中国において配送に関わる人々は農民工だけではない。労働はきついが、目一杯働けば月収は1万元(約16万円)から1.2万元程度になるとされる。大都市で働く一般サラリーマンの平均月収は6000元程度とされるから、宅配サービスで一生懸命に働くと、サラリーマンの2倍程度を稼ぐことができる。そのために、大学を卒業した都市戸籍を有する人々も宅配サービス部門で働いている。

 もはや中国の大都市では、都市戸籍を持つ人々と農民工の間の格差は問題ではない。深刻なのはバブルに踊った一部の富裕層とそれ以外の人々の間の格差である。バブルに乗り遅れた多くの都市住民は、農民工と共にバブルに踊った一部の人々に対して強い反感を持つようになってしまった。

 ここに述べたことは、現在の中国の政治や経済を理解する上で重要である。都市と農村の格差が問題になっていた胡錦濤時代は、農民が暴動を起こしても武装警察を使って鎮圧すればよかった。しかし、大都市で都市戸籍を持つ人々が農民工と一緒になって富裕層に恨みを抱く社会は恐ろしい。なにかの際に、都市で規模の大きい暴動が起こるかも知れない。それは共産党の統治の根本を揺るがす。現在、中国共産党はその対策に追われている。

 不動産大手の「恒大産業」の経営危機が問題になっているが、共産党政府はその救済に及び腰である。これまでなら、金融危機を引き起こしそうな「Too big to fail(大きくてつぶせない)」案件は裏から手を回してそっと救済してきた。しかし、今回、なかなか腰をあげようとしない。それは、恒大の破綻が周辺に波及して金融危機に発展することは怖いが、陰で救済するような措置を続けていると今以上にバブルが膨らんで、それによって都市で暴動が起こるかもしれないと考えているからだ。これが恒大の経営危機に対して共産党小田原評定を続けている真の原因である。

 今後の展開を予測することは難しい。しかし、ネットビジネスが急速に発展した中国がこれまでと大きく異なってしまったことだけは確かなようだ。知人が言うように、愛人とネット宅配の組み合わせがパンドラの箱を開ける契機になってしまったのかもしれない。笑い話のようだが、歴史は些細なことから、その流れを大きく変えてしまうことがある。

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