2021年9月14日、第32回高松宮殿下記念世界文化賞の受賞者が発表された。同賞は、世界平和のための国際理解の礎となる文化芸術の発展に貢献した芸術家に感謝と敬意を捧げ、その業績を称えるもの。

今回の受賞者は、絵画部門にセバスチャン・サルガド、彫刻部門にジェームズ・タレル、建築部門にグレン・マーカット、音楽部門にヨーヨー・マが選出された。また同時に発表される第24回若手芸術家奨励制度の対象団体にはイタリア内外の文化・芸術遺産を修復する中央修復研究所付属高等養成所が選ばれた。

なお、演劇・映像部門は、新型コロナウイルスパンデミックの影響により多くの候補者が受賞要件を満たすことができなかったため、今回は「受賞者該当なし」となった。

1.絵画部門 セバスチャン・サルガド

セバスチャン・サルガド  Photo: Shun Kambe

セバスチャン・サルガドはブラジル出身の写真家。エコノミストから写真家に転身し、社会派な視点からアフリカの人々の飢餓、肉体労働者、難民・移民問題、環境問題などを撮り続けてきた。8年をかけて生物と環境をテーマに地球の姿を映し出した写真集『ジェネシス(起源)』(2013年)が代表作。最新作は7年にわたってブラジル・アマゾンの熱帯雨林と先住民族の生活様式を記録した『アマゾニア』(2021年5月)。

《アマゾニア》ブラジル・アマゾナス州の先住民族スルワハ領地の子供 2017年 © Sebastião Salgado

『アマゾニア』の撮影に関しサルガドは以下のようにコメントしている。「2013年の初めから2019年の終わりまで、私は12の先住民族コミュニティと仕事をし、アマゾンをたくさん旅しました。あるときは川で、あるときはブラジル軍と一緒にミッションに連れて行ってもらいました。私は、これまでに見てきたアマゾンの姿とはまったく違う姿を見せることができました。これまでほとんど知られていなかったアマゾンの山々やアマゾンの真の水系、アマゾンの“空飛ぶ川”などを紹介することができました。私はこれらの写真を通して、アマゾンという素晴らしい場所、この楽園を、その水システム、雨水システム、人々を、地球全体でアマゾンの真の姿を表現できるようにしたいと強く思いました」

2.彫刻部門 ジェームズ・タレル

ジェームズ・タレル Photo: Yutaka Sato

ジェームズ・タレルはアメリカ・ロサンゼルス出身の現代美術家。知覚心理学、数学、天文学、航空力学などの幅広い知識をもとに、光を用いて人の知覚を引き出す作品を多数制作している。例えば彼の代表作であり世界各地に設置している『スカイスペース』シリーズでは展示スペースの天井がくり抜かれていて、鑑賞者は刻々と変化する空の光や色を体感し、その存在を知覚する。タレルのライフワークで1979年から取り組む『ローデンクーデター』プロジェクトではアメリカ・アリゾナ州の死火山の火口と内部にたくさんの部屋を作り、天体の運行に合わせて光を知覚するという壮大な計画を進行中で、2026年に完成予定だ。

スカイスペース・レッヒ》2018年 オーストリア © James Turrell, Photo: Florian Holzherr

「私の家族はクエーカー教徒で、祖母は最も熱心なクエーカー教徒でしたが、彼らは瞑想をします。だから、光を迎え入れるために内面に入ることは、内面で光を手に入れることなのです。(中略)最初に言いたいのは、光はモノであるということです。人は『光はモノだが、波のような振る舞いをする』といいます。しかし実際には、光は質量を持っています。つまり、光はモノなのです。そして、私はそれを描写してもらいたいのです。(中略)私は光が何を明らかにするかに興味があったのではなく、光が啓示そのものであることに興味があったのです」(ジェームズ・タレルのコメントより一部抜粋)

3.建築部門 グレン・マーカット

グレン・マーカット Photo: Anthony Browell

グレン・マーカットはオーストラリア建築家オーストラリアの大地に根ざし、気候風土に寄り添う持続可能な建築で知られている。主に個人住宅を手がけ、「言語や文化、歴史、気候、土壌、植生など幅広く理解する必要がある」との理由からオーストラリア以外では仕事をしない。地元の木材や波型銅板、石、ガラス、コンクリートといった簡素な素材を用い、先住民アボリジニの言葉「大地に軽く触れる」にならうように自然に寄り添う建築スタイルが特徴だ。出世作『マリー・ショート/グレン・マーカット邸』(1974/1980)は東西に長い高床式の家屋で、二重窓の天窓や壁のルーバー(鎧戸)によって風の向きや量を調節でき、空調に頼らなくても快適に過ごすことができる。ほかにも『オーストラリア・イスラミックセンター』(2016年)などの公共施設も手がけている。

オーストラリア・イスラミックセンター』2016年 オーストラリアメルボルン Photo: Anthony Browell

アボリジニの人々は、『我々は土地に軽く触れただけだ』という表現を私に与えてくれたことがあります。土地に軽く触れるというのは、建物を見せて土地に軽く座っているという単純な問題ではありません。それは材料がどこから来ているかということです。それは、建物がその風景の中でどのように機能するかということであり、エネルギー消費を最小限に抑えることであり、建物があまりにも貧弱に設計されているために、快適さをもたらす人工的な要素をすべて排除することができるかということなのです。土地に軽く触れるということは、単に、複雑さのない表現ではありません」(グレン・マーカットのコメントより一部抜粋)

4.音楽部門 ヨーヨー・マ

ヨーヨー・マ

現代最高峰と名高いチェロ奏者。中国人の識者・作曲家の父親と声楽家の母親のもとパリで生まれる。音楽教育の名門ジュリアード音楽院でチェロ奏者のレナードローズらに師事し、10代でパブロ・カザルス、ムスティスラフ・ロストロポーヴィチら巨匠と肩を並べるチェリストと評された。これまでに発表したアルバムは100作以上。18回受賞した米グラミー賞をはじめ、数多くの賞を獲得している。2018年からはバッハの『無伴奏チェロ組曲』を世界36カ所で演奏する「バッハプロジェクト」をスタート。コロナ禍でも家にとどまる人のために『ドヴォルザーク:家路』を演奏する動画をオンラインで配信したり、米マサチューセッツで2回めのワクチン接種直後会場で15分待機する間にチェロの演奏を披露し話題になった。

バッハプロジェクト」 インド・ムンバイにて 2019年 ©️ Austin Mann

「私は、最高の思考は3つのものを組み合わせることで生まれると、心から信じています。頭、心、そして手。なぜなら、手は脳の一部だからです。また、心も脳の一部です。学校では、分析的な思考をするように教えられることが多いですね。しかし、分析的思考と、心や直感を使い分け、分析と並行してそれに耳を傾けることができる人が、最高の決断を下すことができるのです。しかし、モノを作るということは、理論と実践を1つの枠にお話目ることであり、頭と心と手を使うことなのです」(ヨーヨー・マのコメントより一部抜粋)

【第24回 若手芸術家奨励制度】中央修復研究所付属高等養成所

SAF絵画キャンバス実習室でのワークショップ 2021年 ©️ archivio Paola Ghirotti

第二次世界大戦が勃発した直後の1939年、戦火にさらされたイタリアの文化・藝術遺産の保存と修復を目的に設立された中央修復研究所(ICR)。1941年からその修復のプロを養成するコースが本格的にスタートし、高等養成所(SAF)へと発展した。

5年間の修士課程では、修復対象物を構成する素材を理解するために、無機化学、有機化学、生物学、物理学なども勉強する。また学生たちは、ICRの研究室や、国や協会、個人や財団の敷地内の工事現場などでの作業を通じて理論と実践を学ぶ。他国での国際協力プロジェクトにも積極的に参加し、ヨルダンのウマイヤード宮殿の壁画修復や、最近ではギリシャの水没したローマ時代の別荘を修復・復元する水中作業も行った。

ローマの旧サンタマルタ・アル・コッレージョ・ロマーノ教会にある教育施設の足場で作業する学生 2021年 ©️ archivio Paola Ghirotti

開校以来役900人が卒業し、イタリア内外の文化・芸術遺産の保存修復に携わってきたほか、ルーヴル美術館など欧米の美術館でも修復師として活躍している。