(平井 敏晴:韓国・漢陽女子大学助教授

JBpressですべての写真や図表を見る

 日本には「天皇」がいて、羨ましいですよ。──筆者が住む韓国・ソウルで行きつけにしているコーヒーショップオーナーが、ある日、突然こう言い出した。

 我が家で愛用していた正田醤油(群馬県館林市にある老舗メーカーの醤油)が底を尽きつつあり、コロナのせいで一時帰国が叶わず醤油をどうしようかと頭を抱えていたその折に、何とも言えないタイミングで切り出されたのだ。ふと、上皇后様のお姿が脳裏に浮かんだ。

なぜ「羨ましい」のか?

 このオーナーは日本の喫茶店を何軒か訪ねるうちにコーヒーに目覚め、その後、関西でコーヒー修行をしたという経歴の持ち主だ。サイフォンで淹れたコーヒーも飲めるので、どんなに忙しくても週に2度は彼の店を訪ねている。

 彼が日本に住んでいたということもあり、今では世間話をする仲だ。ただ、「天皇」を羨望する発言を聞くのは、コーヒーゆっくり飲みたい私にとって、気が気でなかった。彼はもともと声が大きいのだが、普段に増しての大声でこの話をするのだ。

 ほかの外国なら純粋に興味を抱く話題だが、ここは韓国だ。誰かに聞かれれば批判されたり攻撃されかねない際どい話題を、堂々と韓国語で、しかも何度も繰り返すのだ。夕方なので客はまばらだがそれなりにいる。だから余計にその声はフロアに響きわたる。そんな話をしていたという噂がネットなどで書かれ、店の評判が悪くなったり、あるいはオーナー嫌がらせをされたりしないだろうか。

 そんな私の複雑な感情をよそに、彼は、日本の社会が天皇という存在をどのように見ているのかなどの質問を始めた。少なくとも上皇陛下にしても、今上陛下にしても、国民に寄り添い続けていらっしゃって、報道によれば、多くの国民が好感と敬意を抱いているというようなことをあれこれと話した。

 オーナーに言わせれば、それが「ものすごく羨ましい」という。一体どうしてなのかと訊ねてみると、「韓国はいつも分裂しているからだ」という返事だった。

 その話をまとめると、だいたい次のようになる。

韓国で改革が進まない理由

 韓国の大統領は国をまとめられない。その支持者と非支持者はいつも対立していて、そのなかで国が常に混乱の状態にある。両者が相手に向ける批判の声は大きいが、結局のところ社会の大きな枠組みは何も変わらない。政権が保守系であれ革新系であれ、韓国社会の現状に不満である国民は少なくない。だから大胆な改革が必要だ。

 それを進めるには議論が必要だが、何十年にもわたってどれも失敗している。その原因は、国民のなかでの精神的な分裂にある。国民はまとまることがなく、いつもお互いに足の引っ張り合いをしている。それが韓国の大統領制の限界だ。この制度は韓国の国民感情には合わないのに、それがいかにも正しい政治体制だと誰もが思い込んでいる──。

 なかなか痛烈な政治批判である。改革が遅々として進まないというのは、日本でも思い当たる節が多々あるのだが、オーナーに言わせれば、そもそも国力が違うという。つまり韓国はいつも綱渡りでなんとか発展してきたが、これからは少子高齢化もあり、これまでのようには行かない。しかも、これまで「単一民族国家」を政治的イデオロギーとして使ってきたが、外国から移民者を大量に受け入れているため、数十年したらそのイデオロギーはほとんど無意味になるに違いない。一方、日本はバブル経済崩壊の後遺症に苦しんだが、国力は維持された。韓国と日本は同様の少子高齢化問題を抱えているとはいえ、バブル崩壊でも経済が壊滅せず踏みとどまった経験は日本にとって大きいだろう。

 私には日本の未来が経済的にどうなるかを判断できる知見はないので返答に困っていると、オーナーはこう付け加えた。

「そうした困難を乗り越えるのは、国民がある程度まとまらないとできませんよ。韓国から日本を見ていると、本当にそう思います。その存在が天皇なんじゃないでしょうか。

 昭和天皇にしても、韓国ではいろいろ批判されますが、戦争責任は自分にあるとアメリカに対して話したというのを知ったときは、本当に驚きました。戦前の日本のトップとして責任を取ろうとしたわけですよね。しかも死刑になるかもしれないのに。あれなら国民の感情をまとめる力になりますよ。韓国では歴史上、国のトップが真っ先に逃亡することが何度かありました。それとどうしても比較してしまうんです」

天皇の韓国訪問を望む声も

 昭和天皇がかつての韓国社会でどのように評価されていたのか、詳しくは知らない。だが、少なくともこの10年ほどは、今上天皇に対しては好意的である。その背景には、日本政府よりも強く世界平和を訴えているという韓国社会の理解がある。その一端が、ここで紹介したコーヒーショップオーナーの発言に現れているのだろう。しかし、天皇は国民を政治的に統合しているわけではない。それは国民に寄り添うこととは明らかに異なる。韓国社会がその点をどれだけ理解しているのかは、実に疑わしい。

 韓国政府やその関係者の間からは、天皇陛下の韓国訪問を望む声も聞こえてくる。次期大統領が誰になろうと、日本との良好な関係を模索しているという信号を出すために、そうした声は今後も出てくるだろう。

 だが、やはり現在の韓国における天皇観は、日韓両国間の外交的葛藤の枠の中で形成されているので、いかんせん政治的である。その政治的視線を捨てられたときにこそ、天皇陛下が韓国を訪問できるかどうかの議論が可能になると思うのだが、実感としては、それこそ韓国にとっての難問であるに違いない。

[もっと知りたい!続けてお読みください →]  対馬から仏像を盗んだ前科56犯の窃盗団を擁護する裁判所の正義

[関連記事]

日本叩きをやめない韓国の歴史的な3つの習性

中国富裕層の「愛人のいる生活」、次々にバレる意外な理由

写真はイメージです(Pixabay)