(筆坂 秀世:元参議院議員、政治評論家

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意外に面白い自民党総裁選の論戦

 自民党総裁選が始まった。ぎりぎりで野田聖子氏が立候補したので、河野太郎氏、岸田文雄氏、高市早苗氏の4人の争いになった。4人の政見を新聞で読み、テレビでの討論会を聞いたが、それぞれに特徴、違いがあって結構面白いと思った。

 9月18日日本記者クラブ主催の討論会が行われ、森友学園をめぐる財務省の公文書改ざん問題について質問が出た。この質問に4氏はそれぞれ次のように語った。

 岸田氏は、「調査が行われ報告書が出されている。司法において裁判が行われ、検察の調査も行われ、民事の裁判も行われている。それぞれの立場で調査なり報告書が行われ、行われようとしている」と述べた上で、「そういったものをしっかり踏まえた上で、国民の皆さんの問題に対する納得感という観点において政治の立場からしっかり説明していくことが大事だと思う」と語った。当初は、「再調査は必要」としていたが、細田派麻生派の支持を得るために、変更したようだ。

 河野太郎氏は、「少なくとも調査についてしっかりと行われた」とした上で、「この問題で心を痛めている方がいらっしゃる。その方の心の痛みにしっかり向き合わないといけないというのはあると思う」と語った。自殺した近畿財務局の赤木俊夫氏の妻の雅子さんと向き合うということだ。

 一方、9月17日記者会見で「調査をする必要がある」「公文書の隠蔽、偽造、改ざん、廃棄。これは絶対にあってはならないこと」とし、「多くの国民が納得していない」「起き得ないことが起きたことは、しっかりと知るべきだ」と語っていた野田氏は、「幹事長代行になってさまざまな補選に関わったが自民党がことごとく落選した」、これは「コロナの対策だけではない。ずっと様々な問題を抱えたままで、有権者に明らかになっていないので疑心暗鬼になっている」と強調。「行政までは調査がきているが、行政と私たち政治はコインの裏表。我々の仲間が疑われているのであれば、そうでないという証明もしていかないといけない。そういう動きが本来自民党の中でやっていかないといけない。それをやっていないことは事実」として再調査に意欲を示した。いまの自民党のなかで勇気ある発言である。

 他方、安倍晋三前首相の支援を受けている高市氏は、「安倍総理自身が長時間の審議の中で答弁をされた。あれだけ長い国会審議で説明はされていると思う」と述べ、安倍氏をかばった。

 その他のテーマでも、特に野田氏が独自の立場を主張し、結構、面白い論戦になっている。この総裁選は、自民党という政党の幅広さを示すものともなっており、自民党にとっては大いに喜ばしい事態になっているのではないか。

総裁選を否定する野党の主張は稚拙

 この総裁選に対して野党は、こぞって批判している。

 立憲民主党枝野幸男代表は、「コロナ対策そっちのけで、自民党内の争いにうつつを抜かしている」とか、「国会議員の仕事は国会にある。総裁選は午後5時以降にやっていただきたい。なぜ臨時国会を開かないのか、強い違和感、不信を覚えざるを得ない」などと批判している。国民民主党玉木雄一郎代表も、「これまでのコロナ対策の問題点を検証せず、何もなかったかのように総裁選で新しいことを言っても意味がない」と語っている。

 立憲民主党国民民主党との間では若干の違いがある。国民民主党は、総裁選そのものを否定しているわけではない。だが立憲民主党は、当初は総裁選そのものを否定するような論調だった。

 だがこんなおかしな主張はない。自民党の総裁は、現在の各党の国会議席をもってすれば、自動的に次の首相ということになる。菅義偉首相が事実上の退陣表明をしたのだから、次の首相を選ぶために自民党が総裁選をするのは、あまりにも当然のことなのである。これを枝野氏のように「政治空白」などと言うのは、それこそ議会制民主主義を理解していないことに等しい。

 これに対して共産党は、9月18日付「しんぶん赤旗」で、「自民党総裁選 安倍・菅政治の転換はできない」と題する主張(他の新聞の社説に当たる)を掲載し、そのなかで「4氏の政策や発言からは、安倍晋三前政権以来の政治を大本から転換する姿勢がありません。コロナ大失政への根本的反省も欠いています。日本の政治の行き詰まりは、自民党内で『顔』がかわっても打開できないことを示しています」とその中身について批判している。総裁選そのものを否定しているわけではない。この方がまともである。

共産党に比べると余程まとも

 先日、ある週刊誌の記者から電話で、「なぜ志位さんは20年以上も委員長をしているのですか」という質問があった。確かに、普通の政党ではあり得ない。その前の不破哲三氏、宮本顕治氏も相当長くトップに君臨した。

 志位氏の場合、1990年から2000年まで書記局長、2000年から現在まで幹部会委員長という役職に就いている。書記局長からだと31年間にわたって指導者の立場に立ってきたということだ。

 なぜこういうことになるのか、答えは簡単だ。共産党内には本当の意味での選挙はないからである。共産党規約13条には次のように書かれている。

〈党のすべての指導機関は、党大会、それぞれの党会議および支部総会で選挙によって選出される。中央、都道府県および地区の役員に選挙される場合は、二年以上の党歴が必要である。

 選挙人は自由に候補者を推薦することができる。指導機関は、次期委員会を構成する候補者を推薦する。選挙人は、候補者の品性、能力、経歴について審査する。

 選挙は無記名投票による。表決は、候補者一人ひとりについておこなう。〉

 建前では、選挙で選ぶことになっている。だが実態は異なる。この規約にあるように、「候補者を推薦」はできるが、そもそも立候補の規定がないのだ。しかも「指導機関は、次期委員会を構成する候補者を推薦する」とある。つまり、指導部が次のメンバーを推薦する仕組みになっている。実質は、これで決まってしまう。

 現在、共産党には220人を超える中央委員、准中央委員がいる。この候補者名簿を現在の中央委員会が作成するのである。中央委員会が作成と言っても、実態は委員長、書記局長など数人の幹部で決めている。

 220人を超える候補者がどういう人か、どういう顔をしているのか、簡単な経歴は配布されるだけである。どんな人かよく知らない人の名前が定数分掲載された候補者名簿が配布され、最高裁判所の判事の際のように、駄目だと思う人だけ印をつけるというやり方だった。要するに、よく知らない人を信任投票のようにして選ぶだけなのだ。こんなものは選挙とは言わない。

 これは都道府県の指導機関、地区委員会の指導機関を選ぶときも一緒である。いま志位氏が就いている幹部会委員長を選ぶ際も、少なくとも私がいたときには選挙で選んだことはない。幹部会が開かれ、仮議長に就いた人が、「幹部会委員長どうしましょう」と言うと、あらかじめ決められた人が、「志位和夫同志を推薦します」と発言する。そうすると速攻で拍手が起こり承認されるというやり方だった。これは私が共産党の幹部会委員や常任幹部会委員だった時代の経験だが、現在も同じようなものだろう。宮本氏も、不破氏も同じようなやり方で選ばれた。

 この共産党に比べれば、党内で派閥が跋扈(ばっこ)し、お互いに競い合ってリーダーを選ぶという自民党の方が余程、党内民主主義があると言えるだろう。共産党も本当の選挙ができるような政党に変化していくべき時だと思う。

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総裁選挙候補者による日本記者クラブ主催の公開討論会の様子(2021年9月18日、写真:代表撮影/ロイター/アフロ)