今回は、暴力団オウムについてお話ししましょう。

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 長年の読者ならご存じの通り、私は2018年7月をもって「オウム真理教」に関する一切の筆を折る「断筆宣言」を雑誌「AERA」上に記し、以後、関連の事柄を記すことがありませんでした。

 しかし最近、NHKのロングインタビューに応じ、いまや過去になったオウムについて話すことにしました。

 半年ほどプロデューサー、ディレクターたちから依頼が続き、初めは断りましたが、「いまコロナで、若者たちの状況は、オウム事件直前のロスジェネと似たことになっている。再発防止に役立つ番組が作りたい」という言葉から、受けることにしたものです。

 今回は、そのオウムについてだけではなく、暴力団オウムを貫く「テロ組織」の側面に焦点を当てたいと思います。

衝撃的だった「工藤會総裁・死刑判決」

 9月16日暴力団界隈に大きな衝撃が走りました。

 3つに分裂していた広域暴力団山口組」のなかで「神戸山口組」から離脱状態にあった「五代目山健組」が、本家である「六代目山口組」に帰参、合流するとの発表が、双方の組織からあったのです。

 このコラムでは「神戸」だ「六代目」だ「山口」だ「山健」だといっても、込み入った暴力団組織の話で混乱するばかりですので、詳細は省きます。

 ただ「仁義なき戦い」と言われるように、血で血を洗う抗争に明け暮れることもあった「暴力団組織」が「大分裂」していたのに、その中核組織が本家に帰参・再統合されたというのは、小さくない話であるということが伝われば十分かと思います。

 この背景にあったと思われるのが、8月24日、警官や看護師など市民をターゲットにした殺傷事件で告訴されていた「特定危険指定暴力団」五代目工藤會の総裁・野村悟被告(74)と会長・田上不美夫被告(65)に対する福岡地裁で言い渡された「死刑」(野村被告)「無期懲役」(田上被告)の判決です。

 この判決で注目されるのは、一般市民を対象とした「殺人」ならびに「組織犯罪処罰法違反」の罪状で訴えられた両被告が、いずれも「実行犯」ではないこと。

 そして実行犯に対する「共同共謀正犯」を立証する被告の指示を示す直接的な証拠が残っていない状態で、多数の証言を積み重ね、実行役との共謀を認定した点にあります。

 分かりやすく記すなら、ボスである被告が「やれ!」などと命令した電話音声やSNS、メールその他文字の証拠が残っていない状態で、元組員らの証言や実行犯側の電話音声など、状況証拠を積み上げ、トップの意思、命令には絶対服従という「暴力団組織の特異性」から黙示の共謀を「推認」した判決だという事実です。

 これは何を意味するのか?

 やくざ組織の末端で、チンピラが何かやらかしたとします。それに対して、組長の指示を示す明確な証拠がなくても「暴力団組織の特異性」から黙示の共謀が認められれば、組長に最高刑、つまり絞首刑にできるという判例になりうるということです。

 端的に言えば暴力団という存在形態そのものへの死刑判決に等しい、大きな意味をもつ判決が出たことになります。

 こんな判決が出てしまったら、暴力団は下手な「抗争」など、一切できなくなります。

 分裂している山口組のどちら側からどちら側にドンパチの音が鳴っても、すぐさまトップに「黙示の共謀」が認められ、事件の規模によって長期刑から無期、死刑までありうるわけですから。

 それ以前から準備されていた両山口組間の歩み寄りに、工藤會判決が大きく肩を押す意味合いがあったと推認される次第です。

 ちなみに過去の判例からすれば「状況証拠だけで死刑」は「ほぼ」考えられません。

 野村、田上両被告も驚いた様子で、法廷では主文言い渡しののち、退廷直前の両被告から裁判長に不規則発言があり、広く報道されました。

「公正な裁判をお願いしていたのに、公正じゃないね。こんな判決を出していると生涯後悔するぞ」(野村被告)

「ひどいねあんた 足立さん」(田上被告、『足立さん』とは足立勉裁判長を指す)

 以前の工藤會なら、これらの発言は「裁判官をやれ」というトップの意思として、組員が忖度しうる「実行指示」にも当たると考えられるからです。

初めてではない「推認」最高刑

 後藤貞人弁護団長以下、本裁判の弁護側からは「脅す意図はなかった、と被告から聞いた」(https://digital.asahi.com/articles/ASP8V5WNCP8VTIPE02F.html

「とんでもない判決」(https://digital.asahi.com/articles/ASP8S6DSDP8PTIPE004.html

 などのコメントがあり、翌日控訴して裁判の舞台は高裁に移ることになります。

 この後藤弁護士とは、一度ご一緒したことがあります。オウム真理教裁判で、教祖の「主治医」を務めていた故・中川智正医師・元被告の弁護を担当され、関連の事案で私も、小菅の拘置所で中川被告とも2度ほど接見し、いろいろな話を聞きました。

 オウム事件、暴力団訴訟など、困難な刑事事件で弁護を担当される後藤弁護士は、大阪大学でも教鞭を執られ(http://www.lawschool.osaka-u.ac.jp/about/teacher/gotou.html)、2002年に大阪市平野区で発生した母子殺害放火事件では無罪判決を勝ち取り、警察による証拠の取り扱いなどに大きな影響を及ぼす仕事もしています。

暴力団」や「オウム」の弁護をするとは何事かといったコメントも目にしますが、実はこうした至難な刑事事件は、大してお金にもならず、むしろ面倒ばかり多いようです。

 その弁護を担当するのは、学究肌でもある熱い法律家が多いことを私自身も一国立大学法人教員として記しておきます。

閑話休題

 私はここで、「工藤會裁判」そのものについて、何か価値判断を記そうとは思っていません。後藤弁護士は、法理と判例に照らして「とんでもない判決である」と、即日控訴に踏み切りましたが、私が注目するのは、先ほど(ちなみに過去の判例からすれば「状況証拠だけで死刑」は「ほぼ」考えられず)の「ほぼ」という部分です。

 直接の指示を示す証拠が不明確なまま、実行犯ではない共同共謀正犯として「死刑」が宣告、執行された例を少なくとも一つ挙げることができます。

 麻原彰晃こと、オウム真理教インチキ教祖、松本智津夫元被告です。

テロ組織として否定される暴力団

 今回、死刑が言い渡された工藤會は、やることが普通ではありません。野村被告らの裁判では取り上げられていませんが、よく知られたケースに「ぼおるど事件」があります。

 2003年8月18日北九州市小倉北区の繁華街にあった、暴排運動に熱心なオーナーの経営するクラブ「ぼおるど」に、工藤會系組員が手榴弾を投げ込み、従業員ら11人が重軽傷を負うという、あり得ない犯行が実際に起こった。

 この手榴弾は不発に近く、そのため「重軽傷11人」という被害であったもので、本当の威力を発揮していたら、桁違いの犠牲が出ていた可能性があります。

 元来、街の「地回り」としての「やくざ者」は「カタギには手は出さない」のが前提でした。

 それが工藤會の場合は、暴排運動の商店主から警察官OB、元ヤクザの漁協関係者やその家族から、総裁が通院した下半身整形手術(?)の看護師まで、相手を選ばず、手榴弾など高い殺傷性を持つ「兵器」も使う無法ぶり。

 事務所の捜索から「ロケットランチャー」なども見つかっており、全国で唯一「特定危険指定暴力団」になっている。

 こうした「兵器」を含む武装は、すでに「反社会勢力」といった微温な証言ではなく「武装組織」「民兵」もっと言えば「テロ集団」として国家に反逆する存在と見なされて、国が威信をかけて潰しにかかる対象となって、不思議ではありません。

 その先例として麻原彰晃こと、松本智津夫元被告への判決を挙げることができます。

地下鉄サリン事件」などが変に人口に膾炙して、逆にことの本質が見えなくなる傾向がありますが「サリン」は「毒ガス」という「化学兵器」つまり「大量破壊兵器」という「軍事物資」「武器」にほかなりません。

 オウム真理教化学兵器生物兵器の自前調達のみならず、旧ソ連から輸入した軍用「ミル17型」ヘリコプターなどの武力を装備したうえ、国家の中枢である霞が関を狙って事件を起こしており、こうした判決になりました。

 ただ「オウム・タレント」の類がメディアで連呼する「麻原彰晃極悪」の合唱に、私は冷静な距離を置かざるを得ません。

 松本智津夫元被告は、確かに犯罪者で、ろくなものではありませんでした。しかし、その犯行は、初期の薬事法違反に始まり、地方のチンピラ・ヤクザ組織程度の発想と手口が大半であるのに加え、本人は重度の視覚障害者で、その実、大した行動は起こせません。

 オウムが大規模な犯罪を犯したのは紛れもない事実ですが、それは、視覚障碍者の教祖一人が悪くて、あんなことになったのではなく、もっと違う要素、様々な灰色紳士や悪党が去来し、ことが大きくなると身をかわしたというのが、実のところであるように思います。

 麻原への死刑は、いわば象徴的な判決、社会に「オウム完全否定」というマニフェストとして宣布された特殊な判例と理解する必要があるでしょう。

 是非を言うのでなく、事実として、こうした判例は他に類例がありません。

 これと同様に、今回の工藤會判決もまた、いわば象徴的な判決、社会に日本国は「暴力団組織というもの、そのものを完全否定する」というマニフェストとして宣布された特殊な判例であると見る必要があるように思います。

 また、量刑相場にことさらに敏感な全国のヤクザ組織が、この判決に戦慄し「抗争終結」の方向で大きく動き始めたのも、理の当然として理解できます。

 山口組の動きについて「抗争の活発化を懸念」といった報道もありましたが、まずそんなことは、ヤクザだって正気であればしないでしょう。

 しかし、戦時中にやはり軍事物資「猫目錠」として活用された「ヒロポン(疲労がポンとなくなる!の意)」覚せい剤などでおかしくなった実行犯が暴走すると、常軌を逸した犯行が起きます。

「クラブに手榴弾」は常人がすることではない。

 一定以上の確率で、薬物が関係していたと考える方が合理的です。それはまた、オウム真理教事件においても同様で、LSD覚醒剤をはじめ様々な変性意識を持たせる薬が使われています。

 いわゆる「イスラム原理主義勢力」などの「自殺特攻」なども同様で、つまるところ薬物もまた軍事物資に端を発する、戦争の傷跡として理解する必要があるでしょう。

 裁判そのものは引き続き争われることになると思われますが、2021年日本の司法、そして三権は実質的に「テロ組織としての暴力団を存在そのものから否定」しました。

 今後の推移が注目されます。

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オウム真理教の教祖・麻原彰晃への死刑執行を報じる号外(2018年6月6日、写真:AP/アフロ)