現場に到着すると臭いに圧倒され、作業終わりには吐息がごみ臭く…想像を上回る“ごみ収集作業員”の“苦労” から続く

 新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐべく、政府から発令された緊急事態宣言。以降、巣ごもり生活をする人が増加し、その結果、大量の家庭ごみが日々排出されるようになった。そうした状況もあり、エッセシャル・ワーカーと称されるごみ収集に従事する人々への関心も一時集まった。しかし、かつては清掃事業者には心無い言葉が投げかけられることも決して珍しくなかったという。

 ここでは、大東文化大学法学部准教授の藤井誠一郎氏による『ごみ収集とまちづくり 清掃の現場から考える地方自治』(朝日新聞出版)の一部を抜粋。清掃従事者が実際に浴びせられてきた言葉を紹介する。(全2回の2回目/前編を読む)

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ごみ袋に貼付された感謝のメッセージ

 2020年4月28日小泉進次郎環境相の記者会見や、清掃職員が収集現場で奮闘する様子が報道されるにつれ、ごみ袋に貼付される感謝のメッセージやメモが全国的な動きとなっていった。貼付されたメッセージ等はかなりの数に及んだ。中には作業の流れで大量のごみとともに清掃車に積み込まれたケースもあるため、実際には感謝のメッセージやメモは清掃事務所が把握している数よりも多いと推察される。一方で、清掃従事者にとってはメッセージやメモを受け取るのは確かに大変有難く喜ばしいのであるが、清掃事務所への報告のため収集作業を中断して大切に保管する手順が伴った。よって、在宅勤務や家での食事が多くなったことでごみの量が正月と同程度になり積込量が増えていた状況において一度に複数のメッセージやメモが出てくると、手間がかかり仕事量が増える状況でもあった。ごみに貼付された住民からのメッセージやメモは、便箋をはじめとして、コピー用紙、小さなメモ用紙、付箋、古紙の裏紙等、様々であった(*1)。メッセージには感謝と激励が述べられており、一例を示すと、「私たち住民のためにお仕事をして下さり本当にありがとうございます。くれぐれもお気をつけてお仕事をされて下さい」「コロナウイルスへの感染の危機にさらされながらも、いつもと同じごみ収集作業。そのご苦労のおかげで毎日清潔な生活をおくることができます。ありがとうございます」と述べられていた。数行程度のメッセージやメモが多数を占めたが、中にはかなり達筆で便箋にびっしりと感謝の意を伝えた手紙もあれば、子どもが書いた数行のメッセージもあった。このようなテキストメッセージのみならず、清掃車や作業員を描いた絵もあり、中にはパソコンを利用して表彰状のように仕上げてカラー印刷した「感謝状」を作成してごみに貼り付けた事例もあった。

*1 東京清掃労働組合が保有する2020年4月・5月の「区民からの感謝のメッセージ」の資料を参照

 住民からの謝意はごみ袋に貼付されたメッセージやメモのみならず、マスクの入手が困難であった時期には、手製のマスクフェイスシールド、新品の不織布マスクが贈られる場合もあった。さらには区議会議員からも手作りの紙マスクが贈られるケースもあった。感謝のメッセージマスク等を受け取れば清掃事務所に持ち帰り、事務所にて掲示したり地方自治体の広報誌で取り上げたりした。

 コロナウイルスが蔓延する中で自宅から排出されるごみの中には、自宅待機する感染者が排出したかもしれない使用済みマスクティッシュ等も含まれている可能性があり、感染者が触った袋を清掃車に積み込む作業はリスクが高くなった。特に初回の緊急事態宣言が発出された時期には、清掃従事者はこのような感染リスクが高い作業を緊張感を持って行っていたので、ごみ袋に貼られた謝意を表するメッセージやメモにより、幅広い層の住民からの感謝や応援を実感でき、ひと時の安堵や安らぎを得た。

清掃従事者への差別

 ごみ袋に貼付された住民からの謝意は初回の緊急事態宣言が解除されてからは多くは見受けられなくなったが、これまで日陰に追いやられ、世間から心無い言葉を浴びせられてきた清掃従事者にとっては、希望の光であった。それだけ清掃従事者はいわれない差別を受け続けてきたのである。

 清掃における差別は様々な局面で現れるが、類型を整理しておくと、(1)住民による清掃従事者への差別、(2)清掃従事者間における差別(清掃職員と雇上会社[編集部注:東京23区の清掃事業の業務請負を目的とした業者。23区と東京都で「過去の実績を踏まえて業者を選定する」という覚書が結ばれており、その覚書に基づいて、ごみ収集請負契約の相手が定められているため、新規事業者が参入できない構造となっている]従業員間、清掃職員と車付雇上[編集部注:臨時ごみなどが出る場合に限った臨時的請負契約の形態だが、現状は正規職員の退職不補充の穴埋め対策として恒常的に活用されるようになり、非正規雇用が前提となっている労働環境が問題視されている]労働者間での差別)、(3)地方自治体内での現業軽視といった差別、に分けられるであろう。

 とりわけ(1)については住民と清掃職員との関係の観点から詳しく述べておきたい。

 (1)の典型的な形が住民から清掃従事者に浴びせられる暴言の数々である。押田氏(編集部注:44年間東京23区の清掃事業に従事し、清掃差別と闘ってきた元清掃職員。現在は清掃・人権交流会長を務める)が清掃職員になったのは1972年であるが、その頃は現在よりも清掃従事者への差別はひどく、作業中に「くさいくさい」と鼻をつまんで子どもや女性が走り去るのを何度も経験した。中には仕事をしている最中に子どもが寄ってきて「おじさんよくこんな仕事をしていられるね」「おじさんたちはどこで寝ているの」と言われたこともあった。さらには当時の同僚が小学校の傍で収集作業をしていると、2階の窓から見下ろしていた教諭が児童たちに向かい、「お前ら勉強しないとああなるぞ」と言われたこともあった。最近でも同種の暴言は存在し、未分別のごみを排出して収集されなかった腹いせに、「だまって もってけ 糞ゴミ屋」とごみ袋にペンで書き集積所に投げ捨てられていた事例もある。これらはほんの一例であるが、清掃労働者はこれまで「臭い」「汚い」「捨てたものを扱う価値のない仕事」と世間から蔑まれてきた。臭く汚いのは排出されたごみそのもの(*2)であるにもかかわらずである。

*2 排出者がごみの水分を切りしっかりとビニール袋で包めば、臭いや汚さは和らぐ。排出者が少し工夫をすれば清掃従事者のいわれない差別はなくなっていく。

清掃労働者への差別は現在でも根強く残る

 このような清掃従事者への差別がなされる中でも、世間にはまっとうな親もおり、一条の光となる事例もあった。それは、清掃従事者に「くさい」と言った息子の愚行を正した親から詫び状が届いた事例である。少し長くなるが引用しておく。

「ぼくは、ゴミを運んでいる人に『くさい』と言ってしまいました。すみませんでした。本当は命をかけてはたらいているとお母さんから聞きました。むかし、ゴミの中にスプレーかんが入っていて、それを知らないゴミしゅうしゅう車がばく発したとききました。こんなにあぶない目に合うかもわからないのに『くさい』と言ってすみませんでした。これからは命がけではたらいている人に心の中で『ありがとうございます。』と感しゃしたいと思います。」

 この手紙とともに母親からも寄せられた。

「前略 先日は息子が大変失礼な言動をし、関係者の方々にご迷惑と不快な思いをお掛けしてしまったことを改めてお詫び申し上げます。子どもとは言え、配慮に欠けた言動を親としても見過ごす訳にもいかず、働く方々への尊敬の念を再度話し合いました。自分の行動の誤りと恥ずかしさを子供ながらも認識できたのではないかと感じております。また、そういう大切な気持ちを確認できた良い機会であったと捉え、今後の成長につなげてゆきたいと思っております。本当に、今回は大変不愉快な思いと悲しい気持ちにさせてしまった清掃担当者の方々に心よりお詫び申し上げます。寒さ厳しい毎日ですが、くれぐれもお体をご自愛下さいますように。 敬具 清掃担当者様(*3)」

*3 2018年10月9日開催の講演会での押田五郎氏の発表資料「清掃労働者として人らしく生きる」から引用

 緊急事態宣言下で排出されるごみ袋へ住民からの謝意が貼られるようになった状況に鑑みれば、清掃労働者への差別は一昔前の話のように思えるかもしれないが、現在でも根強く残り完全に払拭されてはいない。筆者が懇意にしている第一線で活躍する23区の若手清掃職員(東京清掃労働組合青年部)の方々からは、住民に配慮しながら収集作業を行っている横で、鼻をつまむ子どもを見て見ぬふりをする親がいたことや、清掃従事者を「ゴミ屋」と罵倒する住民がいたことも聞いた。さらには訪問収集先の住民からまるで清掃従事者が感染者であるかのように扱われ、訪問先ごとに制服を着替えて来るように理不尽な要求をされたとも聞いた。謝意が示される一方ではこのような差別や侮辱も存在しているのが現状である。

【前編を読む】現場に到着すると臭いに圧倒され、作業終わりには吐息がごみ臭く…想像を上回る“ごみ収集作業員”の“苦労”

(藤井 誠一郎)

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