日本を含めた全世界での総興行収入が500億を超えた大ヒット作『劇場版「鬼滅の刃無限列車編』が、今夜フジテレビ系にて、世界最速&全編ノーカットで放送される。本作は、無限列車に乗り込んだ主人公・竈門炭治郎らの前に、鬼の魘夢(えんむ)が立ちはだかるという物語。劇中、炭治郎たちは、魘夢の血鬼術(能力)により強制的に眠らされることになるが、それぞれが見る“夢の世界”は、キャラクターの特徴が現れていて面白い。今回は、炭治郎たちが見た“夢の世界”をひもといていく(以下、ネタバレを含みます。ご了承のうえ、お読みください)。

【写真】炭治郎の悲しい再会も 場面カットで振り返る『無限列車編』

■第1話から変わらぬ思い…炭治郎の夢

 一面真っ白の銀世界。炭治郎が見たのは、死んだ家族の夢だった。荒い息遣い、雪の積もった地面、そして吹雪…。炭治郎の夢の始まりは、鬼に襲われた妹の禰豆子(※)を背負っていないこと以外第1話とほぼ同じである。

 「早く帰ってきてね(茂)」「気をつけてね(花子)」。第1話で炭を売りに町に出た炭治郎は、まさかこれが兄弟の最期の言葉になるとは思わなかっただろう。夢の世界の炭治郎に最初に声をかけたのは、あの時、炭治郎を見送った茂と花子だった。「兄ちゃん、おかえり〜」「炭売れた?」。鬼さえいなければ聞けたはずだった、ごくありふれた言葉が、炭治郎を包み込む。

 炭治郎の夢には、ある特徴がある。それは食べ物がたくさん出てくるところだ。「正月になったら、みんなに腹いっぱい食べさせてやりたいし」。炭治郎が第1話で町に出る前に言っていた言葉の通り、生活が苦しかった竈門家を満腹にさせるのは、彼が夢にまで見るほど強い願いだったのかもしれない。再会した茂と花子は、かごいっぱいのさつまいもを持っており、兄弟4人と母親が部屋にいる場面でも、竹雄と六太は食べながら参加している。別れる直前のシーンでは、兄弟そろってご飯を食べていた。禰豆子が、雪解けとともに芽吹く山菜を取っていたのは、正月を前に家族を殺された炭治郎に、春への憧れがあったからであろうか。画面に散りばめられた工夫の数々は、第1話から変わらぬ炭治郎の家族への思いを、より深く描いている。

■善逸の理想の禰豆子…でも実際は悲しい演出も

 「こっち! こっち!」。禰豆子の手を取り、キャッキャウフフな夢を見ていたのは我妻善逸だ。女性に騙されて借金をした善逸は、その借金を肩代わりした“じいちゃん”に育てられ剣士となった。“じいちゃん”の期待に応えたいと思いながらも、臆病で、逃げ癖があり、泣き虫な性格が邪魔をする。そんな自分に対し、「俺は俺が一番自分のこと好きじゃない」と自己嫌悪に陥っていたこともあった。

 物語の中で、天然な炭治郎と自由な嘴平伊之助のツッコミ役のような役割を担っている善逸は、うるさく目立つ存在ではあるが、臆病な性格ゆえか、あまり笑わない人物だ。しかし、今回見た夢の中で、彼の口角は、ずっと上がりっぱなし。尋常じゃないくらい幸せだったのだろう。

 そんな中、注目したいのは禰豆子の姿だ。太陽の下で、竹筒をくわえずに走っている姿から、善逸は禰豆子が人間に戻ることを願っていることがうかがえる。しかし、その目の色は、悲しいかな、鬼の姿のまま。炭治郎の夢の中の禰豆子の目は、炭治郎のように、黒とピンクが混ざった色をしているが、善逸は人間だった禰豆子を見たことがないゆえ、全面ピンク色となっている(この目の色の違いはコミック版でも描かれている)。

■成長が感じられる伊之助の夢

 善逸と同じく劇中のほっこりパートとして描かれる伊之助の夢。短いシーンではあるが、伊之助の成長を感じられる胸が温まる夢となっている。炭治郎たちと出会ったばかりの頃の伊之助は、ほかの生き物との力比べを唯一の楽しみとして生きてきた。親も兄弟もおらず、一人で山で暮らしていた中で、そこに偶然現れた鬼殺隊員と力比べをしたことが、鬼殺隊に入るきっかけになった。

 そんな彼が見たのは、へんてこながらも仲間を引き連れ、洞窟の主に勝負を挑みに行く夢。夢の中で伊之助は、タヌキのポン治郎(炭治郎)、ネズミのチュウ逸(善逸)、ウサギのピョン子(禰豆子)を従える。これまで勝つことに強いこだわりを持っていた彼が、藤の花の家紋の家でもてなしを受け、那田蜘蛛山で仲間と戦うことを知った後、このような夢を見たのは、よっぽど炭治郎たちとの出会いがうれしかったのだろう。ちゃっかり上下関係を作り、炭治郎と善逸のビジュアルをあんな風にするという、これまでの伊之助らしさも残っているのも、この夢のユニークなところだ。また、女の子を踏みつけていた彼が、ポン治郎たちより少しだけピョン子に優しく、ビジュアルを良くしているのもほほ笑ましい。洞窟の主を化け物のような列車にしたのは、テレビアニメ版第26話からの思い込みか、それとも野生の勘が働いたのか…。

煉獄杏寿郎にとって“幸せ”とは

 煉獄杏寿郎(※)の夢は、炭治郎たちとは少し異なる。3人が理想の未来や自分の姿を夢見ていたのに対して、杏寿郎は、自身が体験したであろう過去の瞬間を振り返る。

 夢で見た場所は、煉獄邸。杏寿郎は、父に柱になった報告をする。しかし返ってきた答えは、「柱になったから何だ。くだらん…どうでもいい」と酷な言葉。父・槇寿郎は、かつて鬼殺隊の炎柱として活躍した剣士だった。杏寿郎のような情熱を心に宿していた人だったそうだが、ある日突然、剣士をやめた。

 本作の入場者特典として配布された『鬼滅の刃 煉獄零巻』によると、杏寿郎が鬼殺隊に入った時点で、「くだらん夢を見るな」「お前は炎柱にはなれない」と、すでに父から未来を否定されている。そんな過去に打ちのめされず、柱になって帰ってきたのに、結局、元の父には戻らなかった。

 こんな寂しい話を、なぜ杏寿郎は夢に見たのだろうか。それは亡くなった母の言葉が関係しているのではないかと考える。 杏寿郎は、生前の母からこう告げられていた。「弱き人を助けることは、強く生まれた者の責務です」。

 魘夢の血鬼術がかかった直後、 杏寿郎が見た眠りが浅い頃の夢は、炭治郎たちを守り、弟子入りを申し込まれるという内容だった。また『煉獄零巻』で初めての任務にあたったとき、戦いで死んでいった仲間たちを見て、「君たちのような立派な人にいつかきっと俺もなりたい」と思うシーンもあった。

 杏寿郎の声優を務めた日野聡は、本作のパンフレットのインタビューで、「もし父が褒めてくれていたら…今の強い煉獄さんは存在していなかったのではないかな? とも考えます」と答えている。過酷な人生の中で、心の炎が消えなかったのは、日野が言ったように、鬼殺隊の中で最高位の存在になることが、彼の人生のピークではなかったからではないだろうか。

 炭治郎たちに比べると、“幸せではない”とも見える杏寿郎の夢。しかし、その夢は、「強さというものは肉体に対してのみ使う言葉ではない」との名言を放った杏寿郎の原動力が垣間見える大切な場面であった。もしかすると、どんなに苦しい経験でも折れない心を持ち、母との約束を守れたことが、杏寿郎の幸せだったのかもしれない。(文・阿部桜子)

 『劇場版「鬼滅の刃無限列車編』は、フジテレビ系にて9月25日21時放送。

※「煉」の正式表記は「火+東」
※「禰」の正式表記は「ネ+爾」

『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』  写真提供:AFLO