―[貧困東大生・布施川天馬]―


 現役東大生の布施川天馬と申します。学生生活の傍ら、ライターとして受験に関する情報発信などをしています。

◆歴史的ヒットを記録した『鬼滅の刃

 皆さんは『劇場版鬼滅の刃無限列車編』をご覧になりましたか? 『千と千尋の神隠し』を超える日本歴代興行収入1位を記録した本作ですが、9月25日地上波初放送で初めて観たという人もいたかと思います。

 こちらの作品で、敵役として出てくるのが「眠り鬼」の魘夢(えんむ)です。

 鬼のリーダーから強大な力を授けられた彼は、物語の舞台となる無限列車で主人公である竈門炭治郎たちに襲い掛かります。

◆魘夢は有能な敵役だったのか?

 魘夢は、常にひょうひょうとしていますが、彼の無限列車襲撃計画の綿密さは目を見張るものがあります。これだけだと、一見超有能な人物に思えます。

 ですが、彼の「死に際に放ったある一言」のせいで、一気にイメージダウンしてしまうのです。

 今回は「どんなに悔しくても絶対に言ってはいけない残念すぎるひとこと」についてお伝えします。

◆綿密な事前準備を練り、万全を期す


 残念すぎる一言とは、彼が死に際に放った「自分はまだ全力を出していない」というセリフです。どれだけ有能に見える人物でも、この一言だけで一気に残念になってしまいます。

 確かに彼は有能です。無限列車で大量の人間を食うにあたって、綿密な事前準備を練っています。

 たとえば、突発的に人間を襲いにかかるのではなく、「列車」という定期的に多くの人間が集まる場所を根城にしています。

 毎日狩りに出かけるのではなく、効率のいい待ち伏せ戦術をとるのはかなり有効でしょう。

◆魘夢が部下に「人間」を配した理由

 また、部下として人間を起用しています。炭治郎たちは鬼に対する気配にとても敏感ため、人間に化けていてもあっという間に見破られて殺されてしまうなんてことも珍しくありません。

 だからこそ、人間を部下にしたのです。人間たちならば、鬼狩りの剣士たちに襲われず、警戒もされません。

「自分の理想とする夢を一生み続けられる」という利益を部下にする人間に約束することで、力だけでなく、感情面でも支配することができます。対鬼狩りの剣士用の部下として、これほど使い勝手のいいコマはないのです。

◆鬼狩りの剣士たちを圧倒した頭脳派

 さらに夢から覚めた炭治郎が列車の上で魘夢と対峙するシーン。ここで魘夢の口から「自分はすでに列車と融合している」ことが語られます。

 普通の鬼なら本体の首を切られれば死んでしまいます。しかし、彼は列車と融合することにより、肉体の貧弱さを克服したうえに、列車内のすべての人を人質にすることに成功したのでした。

 これにより列車の上まで鬼を追い詰めたかと思われた状況は一転、炭治郎たちは「乗客を守りながら列車のどこかにある首を切らなくてはいけない」という窮地に陥ります。

 鬼としての強さもさることながら、それ以上に戦略面で一歩も二歩も先をいっていた頭脳派の敵だったのです。

◆「全力を出していない」という最後のセリフ

 ですが、そんな魘夢も炭治郎とその仲間たちの活躍で、ついに追い詰められ、首を切られてしまいます。

 そこで彼が発したセリフが「俺はまだ全力を出していないのに」というものでした。

「全力を出していない」というセリフは、大変卑怯な言葉です。「全力を出していないから負けた」というのであれば、最初から全力を出すべきでしょう。

 しかし、彼は「全力を出さなかった」のではなく、「肝心なときに全力を出せなかった」のです。

◆当日に全力を出し切れるように準備をする


 何かとても重要なイベントがあるなら、それに対し準備して、対策を練るのは当たり前のこと。特に劇中のような「準備不足」が死に直結する局面では、どれだけ準備をしても、しすぎということはないと思います。

 たしかに魘夢は戦術面ではしっかり準備をしていました。ですが、彼はある準備を怠っていたのです。それは「自分が当日に全力を出し切れるようにする準備」。

 僕は、一大事に臨む際の準備には「自分が当日に全力を出し切れるようにすること」までが含まれると思っています。たとえば、受験生の場合だと、いくら勉強したとしても、試験当日に実力を発揮できなければ、試験に落ちてしまうわけです。

 たとえ試験に落ちても「今日までずっと勉強してきたのに!」という言い訳は通じません。あらゆる準備はイベント当日に万事がうまくいくために行うのであって、自分の自己満足のために行うものではありません。

◆「たら・れば」は結局、負け惜しみ

 現実でも「実力が発揮できなかった」「うまく全力が出なかった」というコメントはよく聞きます。これを聞くたびに「あぁ、この人は残念だなぁ」と僕は思ってしまいます。

「全力を出していたら」「実力が発揮できてれば」のような「たら・れば」は結局、負け惜しみにしか聞こえません。そこまで悔しがるのなら、全力を出せるように調整しておくべきなのです。

イベントがうまくいくこと」が目標なのであれば、イベント当日のコンディションの調整まで含めて、準備なのではないでしょうか。

◆「残念すぎる人」にならないためにやるべきこと

 ですから、魘夢のような残念すぎる人にならないために、「全力を出せていれば」のような言い訳は人前では絶対に言うべきではありません。

 実際、「全力を出し切れなくて」失敗してしまったら、言い訳ではなく、「どうして全力を出し切れなかったのか?」を考えるといいと思います。

 前日に夜更かししすぎたからなのか、数日前から風邪をひいていたのか、それとも相手を甘く見ていて油断したからなのか……。次回以降の糧になる何かが、必ずそこに転がっているはずです。

 逆に、失敗の要因を一つひとつ言い訳せずに拾っていけば、きっといつかは炭治郎のように強く、正しい人物になれます。

「たら・れば」の言い訳から卒業できない残念な人という烙印はくれぐれも避けたいものですね。

【布施川天馬】
1997年生まれ。世帯年収300万円台の家庭に生まれながらも、効率的な勉強法を自ら編み出し、東大合格を果たす。著書に最小限のコストで最大の成果を出すためのノウハウを体系化した著書『東大式節約勉強法』、膨大な範囲と量の受験勉強をする中で気がついた「コスパを極限まで高める時間の使い方」を解説した『東大式時間術』がある(Twitterアカウント:@Temma_Fusegawa

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『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』公式ホームページより