「地方」はどこに行った?

 新しい総理大臣が誕生しようとしている。そのための自民党総裁選挙の論戦で見事に欠落していたのが「地方からの成長」であった。

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 自治体消滅、財政難、住民サービス低下、農業漁業の担い手の減少、国土の荒廃、災害復旧の困難、こうした地方の問題は深刻化こそすれ、過去30年間、何ら解決への出口は見えない。

「市場原理」や「構造改革」は地方の衰退を加速させ、「地方の時代」を唱えた「政権交代」も無力だった。地方の衰退と日本の停滞は止まらない。

 地方創生、つまり、地方からの経済と雇用の成長、大都市から地方への移住、地方文化の再生と発展などなくして、ポスト工業化社会も、インバウンド観光も、デジタル社会も来ないのではないか?

 世界の歴史を紐解くと、「地方の時代」をもたらしたのは「無料の高速道路」だった。

 1933年に破綻したワイマール共和国から政権を奪取したヒトラーナチスドイツが、世界で最初に米国発の大恐慌を克服し、失業者を600万人から30万人に激減させた最大の原動力が、古代ローマ街道にならった、無料の高速道路アウトバーン」だった。

 山川出版社の詳説世界史にも書いてある。アウトバーンドイツ全国の地方経済を結びつけ、奇跡の経済成長をもたらした。

 そして、ナチスドイツを打ち破った連合軍総司令官のドワイトアイゼンハワーが、ドイツアウトバーンに驚嘆して、戦後に米国大統領となって、広い米国全土に張り巡らせたのが、無料の「インターステートハイウェイ」だ。

 インターステートハイウェイは、それまでニューヨークボストンなど東部の大都市にしかなく、大都市集中の原因でもあった高速道路を一気に全国に広げ、米国経済と国土の分散化と交通のネットワーク化に貢献をし、「ゴールデン50s、60s」(黄金の50年代、60年代)をもたらした。

 無料のインターステートハイウェイの建設に際しては、「地方には無駄」「料金を取るべきだ」と言う反対論が、今の日本のように噴出した。

 これに対して、アイゼンハワー大統領は、人口のいない地方でこそ無料にしないと、大恐慌を引き起こした大都市への経済集中が続くだけだ、と退けた。

 無料のインターステートハイウェイは、西部、南部、ミッドウェスト、ロッキーマウンテン地域など、地方からの成長をもたらした。

 日本の高速道路を無料化すれば、日本にも「地方の時代」が訪れる。

 私が最初の高速道路無料化論の「日本列島快走論」を2003年9月30日に出版(NHK出版)した直後に、下河辺淳さんが突然私の事務所に尋ねて来られた。開口一番、下河辺さんは

「あなたのこの本は私の誕生日に出ましたね。縁を感じますよ。田中角栄さんが生きていたら、あなたのいう通りにしますよ」

「あの頃は、高速道路を作るのが先だった。今は、造った高速道路を使わなきゃいけないんですよ」

 今も、あの日の、長身で、ふさふさの銀髪と大きな眼と大きな黒い眼鏡の美男子の下河辺さんの穏やかだが力強い声が耳に蘇ってくる。

(編集部注:下河辺淳は元国土事務次官で工学博士)

戦後の「国土の均衡ある発展」

 戦後の日本は、高度成長と国民の平等化の両立に成功した近代世界で唯一の国だった。「一億総中流社会」と呼ばれた。

 経済成長をもたらした原動力が太平洋ベルト地帯を結んだ名神と東名の高速道路であり、日本に物流革命を起こして、対米輸出を進めた。

 生まれた富を全国の地域に再配分する「仕送り国家」と私が呼ぶ政治システムによって、地域にも成長の果実が届いた。

 名神と東名の高速道路の役割は物流だから企業が負担する。だから、料金が高くてもいい。人は新幹線が運べばいい。そう考えられてきた。

 そして、取り続けた料金で全国に高速道路を作った。下河辺さんがおっしゃったように、これからはそれを使う時代である。

新しい「国土の均衡ある発展」

 観光や農林業や再生可能エネルギー、すでに日本経済の成長は「地方産業」に移っている。米国やドイツのように高速道路を無料にすれば、地方からの経済成長が生まれるだろう。

 戦後のように、太平洋ベルト地帯で生まれた富を地方に再配分するのではない。地方経済の成長が日本を支えていく時代への転換だ。

 2002年、ゴールドマンサックスを退社した私は「地方の時代」を

①国民負担と税負担なしに

②痛みなしに

③地方の経済成長と自立

④大都市から地方への移住の促進

⑤日本経済全体の10年以上の成長効果

 という5つの観点からみた最も効果的な方法として、多くの経済政策の中から検討した末、「高速道路無料化」を提唱した。

 しかも、混雑緩和のためのロードプライシングとして、大都市部の名神・東名・中央高速と首都・阪神・名古屋高速は有料を維持して、日本の高速道路料金収入の半分は確保することを提案した。

 そうなると、地方の交通コストが大都市と比較して有利になり、地方の時代の到来を加速する。

 なぜ、高速道路無料化は簡単なのか?

 日本人がお手本にしてきた米英独の「高速道路無料化」と同じことを実行すればいいからだ。

 米英独での例外は、混雑回避のためのロードプライシング(ロンドンニューヨーク)や地続きの大陸国での外国車両による道路負荷への課金の検討(ドイツ)だ。

 米英独の仕組みを導入すれば、日本の高速道路は無料にできる。

具体的にはどうするのか?

 高速道路の借金は、国の特殊法人のための「政府保証債」である。

 政府保証債は連結会計で見れば国の債務、つまり、国債と同じ同じだ。だから、政府保証債を建設国債に「借り換え」してしまえばよい。

 デットアサンプションともいうありきたりの金融手法だ。

 つまり、高速道路建設の借金も、他の国道や米英独の高速道路と同じく、国そのものの「建設国債」に振り替えるだけだ。

 あとは、日銀が建設国債の60年の満期まで簿価で保有すればいい。「塩漬け」である。

 日本国の「連結会計」で見れば、政府保証債も建設国債も政府の借金だから、政府のトータルの借金額は増えない。

国際金融の常識

 この簡単な国際的な金融の常識を理解せずに、「タダほど高いものはない」といった高速道路無料化批判の妄論が、過去にはまかり通った。

 麻生太郎政権で「高速道路の土日祝日半額」を打ち出した自民党では高速道路は忘れ去られ、「高速道路無料化」を2003年のマニフェストに掲げた民主党に至っては存在していない。

高速道路無料化」が実現すれば、全国の物流と人流のコストは下がり、経済が成長する。

 特に、自動車依存度の高い地方経済や農林水産業、観光業などには劇的な景気改善効果がある。地方への移住も進む。

 日銀が政府保証債から看板を付け替えた「建設国債」を買うだけだから、増税は必要ない。

 地方の高速道路は無料になる。経済的には、国民には何の痛みもない。日銀の国債保有を気にする人など稀だ。

 しかも、戦後の米国で無料の高速道路が「ゴールデン60s」をもたらし、年率3%分、当時の米国のGDP(国内総生産)を上昇させたように、高速道路無料化は、経済と税収の劇的な改善をもたらし、財政を改善させて、赤字国債を減らす!

 黒田東彦日銀総裁が繰り返し唱える「経済成長」と「財政健全化」に最大の貢献をする。

 こうした世界経済史の常識や金融リテラシーが、残念ながら、多くの点では世界最優秀と言われる島国日本の国民には欠けているために、姿の見えない「どなた様か」にはつけ込まれてきた。

日本の歴史を振り返ると

 道路予算もない終戦後10年の日本。朝鮮戦争が勃発して、にわかに米国は日本を「自由主義陣営の砦」として、高度成長させる必要に迫られた。

 米国から「白羽の矢」が立ち、岸信介田中角栄といった当時の天才的な日本の政治家がすぐに理解したのが、ハイウェイの建設によって、一気に日本を自動車社会に転換して、大工業国家を建設することだった。

 超優秀な日本の官僚たちがすぐに立案したことは言うまでもない。

 早速、米国はブルッキングス研究所の調査団を派遣して、高速道路技術を伝え、日本にできたばかりの道路公団は高速道路の建設を始めた。1956年のことだ。

 そして、名神を9年で、東名をわずか6年で開通させた。奇跡としか言いようがない。

 名神と東名の建設費用の見積もりは4600億円に達した。1956年当時、年間200億円しかなかった道路予算はまるで足りなかった。

 そこで、戦後の米国の経済援助に頼って、世界銀行から「プロジェクトファイナンス」で借金して、名神と東名を建設した。

 プロジェクトファイナンスなのだから、借金を返済したら順次、日本の高速道路も米英独のように無料になるはずだった。法律もつい最近までそうなっていた。

「無料開放原則」だ。

時代は変わったのに

 名神と東名の建設に借りた世銀への借金はとっくに返した。高速道路の建設が開始されて15年後の1972年には、道路予算は100倍の年間2兆円になった。

 ガソリンや自動車からの税収が急成長したからだ。その後、こうした「道路特定財源」は年間10兆円を超えた。

 そして、日本は、いまや世界最大の純資産国であり、世銀への最大級の「拠出国」である。

 その日本が、なぜか道路予算不足で世銀から借金しなくては名神と東名が作れなかった、「開発途上国」時代の「プロジェクトファイナンス」の遺物である、世界一高い高速道路料金を墨守している。

 後世の世界の経済学者から見たら、笑い物か、理解不能に映るだろう。

なぜ、変わらないのだろうか?

 これまで、「高速道路無料化」の反対勢力の隠れた「御本尊」は財務省であった。

 国民からの「二重取り」を続けたいからだ。世界に冠たる日本国財務省様、もう反対は終わりにしてはいかがでしょうか?

 どういうことだろうか?

 二重取りのカラクリが分かれば「なーんだ。騙されてた」と分かるので、ついてきてほしい。

 あなたが高速道路を走る。料金を支払う。払った料金はどこに行くのだろうか?

 まず、高速道路を建設するための借金の返済に回る。「政府保証債」の償還というやつだ。なるほど。

 その次には、道路の保守点検や修理に使われる。料金所の運営にも。なるほど。当たり前じゃないか。どこが二重取りなんだ?

 お答えしよう。

 あなたは車を運転して高速道路を走った。多分、あなたの車か誰かの車だ。その車には、買った時や毎年、税金がかかっている。

 消費税自動車税、重量税、環境性能割、の4種類だ。その他に、ガソリンに対してガソリン税がかかっている。

 その税金はどこに行くのだろうか?

 高速道路を走ったんだから、高速道路の借金を返したり修理したりに使われるんだろう?

 ハズレ。

 あなたが高速道路を走っている時にも取られている自動車の税金も高速道路を走った時のガソリンも「高速道路には使われない」。

 じゃ、どこに行くんだ?

 答えは「高速道路で走った分の税金は、高速道路に使われずに、他のところに行ってしまう」。しかも、そのほとんどは「一般道路」に行ってしまう。

 どういうこと、何それ?

 分かりにくいでしょう。国民に分かりにくいこと、それが多分「御本尊」の付け目だから、分かりにくいのはしょうがない。ついてきてください。

 一般道路、つまり国道の建設費はどこから来るの、天から降ってくる?

 違います。ほとんどは、「建設国債」を政府が発行して賄います。「赤字国債」ではありません。建設された道路は経済を成長させ、税収が増える→国債を返せる、という理屈です。

 じゃあ、なんで高速道路もそうしないの?

 あっ、高速道路は国道じゃないんだ!

 ハズレ。高速道路は「高速自動車国道」という、立派な国道、しかも、メインの国道です。

 じゃあ、高速道路がメインの国道なら、「建設国債」を発行して建設費を賄う→経済を成長させ、税収が増える→国債を返せる、わけでしょう。そうすればいいじゃん。

 米英独は、そうやって高速道路を作っています。

 じゃあ、なんで日本もそうしないの?

 そうなんです。「そうしたら」と私は20年近く言い続けてきました。政治家の方々は忘れても・・・。そうしないのは、政治家ではありません。財務省です。

 そうしない理由は簡単です。

 財務省は(応援団新幹線会社なども)、もし仮に、高速道路は国道→建設国債で作る→

 他の国道と同じようになる→

 通行料金を取れない→

 高速道路ユーザー=消費者から「通行料金+税金」の二重取りができなくなる→

 二重取りが終わっちゃうと国の収入が減る→絶対に阻止する

 こういう行動を日本の高速道路が始まって以来、65年間続けてきました。

 もうやめにしませんか?

 日本の高速道路は、経済を成長させない「ガラパゴス絶滅危惧種です。

 地方では100キロ走れば2500円、料金所があるから出入り口は11キロに一つ。高い、使いにくい、だから地方では使われない→

 料金収入が足りない→

 借金が返せない→

 地方の高速道路は不良資産化→

 地方は衰退→

 中央からのお金は細る→自治体消滅

 そんな未来が欲しいですか?

新しい「国土の均衡ある発展」

「失われた31年」が経過し、衰退した日本。いまや、後進国だったシンガポールに1人当たりGDPではるかに抜かれた日本。

 そんな日本で、このまま、コロナだけを語って総理大臣を選んでいいのだろうか?

 世界を驚嘆させた戦後日本を建設した自民党よ。新しい「国土の均衡ある発展」を開始する時ではないのか?

 無料化だけでない。20世紀型の「高速道路無料化」を私が提案してから20年。いまや、イノベーション、安心安全、Connected、カーボンニュートラルの21世紀の「高速道路革命」が現実に可能になった。

 中国は、日本のはるか先を行っている。

成長戦略としての「高速道路革命」

 完全自動運転で事故がなくなる。交通事故の被害者にも加害者にもならなくて済む。

 運転しないで安全に移動できるから、子供もお年寄りもお母さんも好きなところに行ける。

 道路に「非接触充電」技術の送電線を埋め込んで、再生可能エネルギーの電気を電気自動車に「走行中給電」すれば、カーボンニュートラルの高速道路は作れる。

 自動運転のクルマの中は5Gか6G空間。健康診断しても、買い物しても、寝ていても、仕事しても、勉強しても、食事しても、愛を語らってもいい。

 そして、高速道路からゼロ分の新しい「道の町」も作れるのだ。詳しくは、「21世紀大恐慌ー田園からの産業革命」(PHP出版)に書いた。

 これからの日本のイノベーションと地方からの成長は「高速道路革命」から。

 21世紀型の「国土の均衡ある発展」へ。

 新総理に期待したい。

[もっと知りたい!続けてお読みください →]  台湾有事が誘発する世界大恐慌、日本が取るべき道はこれだ

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