北朝鮮9月9日朝鮮民主主義人民共和国の創建73周年を祝った。洋の東西を問わず、イデオロギーに凝り固まった独裁国家はどこも70年を待たずに崩壊してきたが、北朝鮮の体制だけは70年に加えて3年が経っても、いまだ存続している。だが、本性を現した金正恩総書記の下半身事情が体制の存続を揺るがすかもしれない。

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◎金興光氏の過去の記事はこちら(https://jbpress.ismedia.jp/search?fulltext=%E9%87%91+%E8%88%88%E5%85%89)をご覧ください。

(金 興光:NK知識人連帯代表、脱北者)

 北朝鮮の体制が今なお存続している要因については、専門家の間でも議論がある。韓国統一部は9月1日、「2021韓半島国際平和フォーラム」(KGFP2021)を開催した。その中の「金正恩政権10年の評価 政治・外交分野」と題したセッションでは、北朝鮮の体制が長期にわたって続いている要因について、議論がかわされた。

 この日発表したある専門家は、金正恩政権の権力安定化の要因として、「恐怖政治と大々的な粛清による支配階層の再構成」「親人民的指導者としてのイメージ構築」「エリートと住民に対する計画的な忠誠心の植え付け」の3つを挙げた。

 資料によると、金正恩総書記はこれまで260人ほどの幹部を粛清したという。また、権力序列の上位の面々を分析したところ、そのうちの64%は金正恩総書記が新たに抜擢した人物だ。金正恩総書記はこうした組織一新で権力安定化の達成に成功したのだという。

 粛清に次ぐ粛清で体制は安泰、体制転覆の不安も消滅ということなら実に景気のいい話だが、そこまでやって何とか命脈を保っている独裁体制が、その国の住民にとって太平の世であるわけもない。

 実際、10年を無事に越えた金正恩総書記が、住民の困窮もそっちのけで着手したことといえば、これまた先祖代々に伝わる伝統なのか、酒色や贅沢にふけることである。

 その代表的な事例が、悪名高い「喜び組」の復活だ。金正恩総書記は喜び組を一度に600人集めるように、という指示を出したとのことだ。その命令を受け、北朝鮮全域の「党委員会6課」は出身階級が良く、容姿端麗な女性や未亡人を見つけようと血眼になっている。

千人近い「喜び組」と好色の限りを尽くした金正日

 韓国の主要な北朝鮮専門メディアであるデイリーNKもこのニュースを以下のように報じている。

 消息筋は「先月27日、各道の党6課に婚家6課、寡婦6課の対象者を選抜するように中央党の指示が出され、現在6課の指導員らが足を棒にして、基準に合う女性や未亡人の情報を集め、面接を行っている」と伝えた。

「6課とは何か」と思われるかもしれない。朝鮮労働党には、中央党に始まり、各都市や軍党委員会のレベルに至るまで6課という部署がある。この部署は、独自の全国組織網を通じて、「美しくスタイルが良く、品性の良い娘や未亡人を選抜し、平壌に送る業務」を担当している。

 最近、中央党6課が平壌や地方の各党委員会の6課に指示を通達し、平壌と地方別に割り当てを行うとともに、短期間のうちに600人の若い女性や未亡人を平壌に連れてくることになった。

 北朝鮮らしい話ではある。先代の金正日総書記がそうであったように、金正恩総書記も女性への執着が並外れているようだ。

 かつて存在した北朝鮮中央党5課、つまり「喜び組」については、既によく知られているとおりだ。「喜び組」出身の女性らが韓国に脱北したことで、主席宮殿内で行われている酒池肉林の宴会の内情が明らかになった。974軍部隊と呼ばれる金正恩総書記の身辺警護をする男性5課の構成員も数人が韓国へ脱北し、「喜び組」の実態を赤裸々に証言している。

 このように金正日時代に名をはせた「喜び組」だが、金正恩時代に代わってからは、その名を耳にすることがなくなった。若くて美しい妻に満足してしまったからだろうか。それとも、最初の寵愛の対象だった玄松月氏(国務委員会芸術団団長)をはべらせておく中で、別途「喜び組」を置く必要を感じなかったからだろうか。金正恩総書記は党5課自体を廃止してしまった。

 しかし血は争えなかった。

 かつて金正恩総書記の祖父、金日成主席は齢80歳にして20代の「喜び組」との間に息子をもうけた。父・金正日総書記は少なくとも6人の正室がいただけでなく、千人近い「喜び組」を全国35の別荘に住まわせ、好色の限りを尽くしたという伝説の人物だ。

 それだけに、その血を引く金正恩が女性に淡白で、李雪主夫人に一途な男であることを期待するほうが難しい。これまでは、単に自分の首を狙う者たちの影が恐ろしく、権力の足場固めを優先していたのだろう。

「喜び組」復活のために金正恩が働かせた悪知恵

 実際、金正恩総書記はこれまでに、叔父や兄を筆頭に、親族を含む数千人を機関銃火炎放射器で惨殺した。その結果、誰もが彼に恐怖心を抱き、権力の土台が安定した。こうして条件が整ったので、いよいよ持ち前の女性への執着が隠さなくなったのだろう。

 もちろん、金正恩総書記が新たに選抜した美女のすべてを「喜び組」にして女遊びをするつもりではないだろう。ひとまず自身の別荘や迎賓館で働く女性たちを交代させるという意図があるのではないか。

 後継者となった金正恩総書記が党5課を廃止した後、10年間にわたって新たに女性を採用しなかったため、全国各地の別荘で働く女性たちは、今や金正恩総書記より年上である。結婚適齢期も過ぎつつある。だから今回、「喜び組」の入れ替えを思いついたのだろう。

 しかし何とも、世界の潮流とはかけ離れた話である。今の世界はダイバーシティの観点から人権、とりわけ女性の人権尊重を重視している。北朝鮮も国連人権理事会に加入しているため、女性を含む国内の人権状況について、2年ごとに国連に報告書を提出する必要がある。

 一方、北朝鮮の住民も、金正日総書記の「喜び組」が、女性の人権を無視した破廉恥な存在であったことをよく知っている。国内ですらそうなのだから、世界の目が北朝鮮の人権状況に非常に厳しい目を向けていることは天下の常識だ。

 そのことを意識せざるを得ない金正恩総書記は、「喜び組」の復活を秘密裏に進めようと悪知恵を働かせている。かつて全国で美貌の女性を探し出す任務を負っていた党5課は廃止したまま復活させない。その代わりに、党6課に任務を引き継がせるという悪知恵である。

 本来、党6課は抗日闘士の子孫、英雄と認められた者の家族、韓国に送り込んだスパイの家族などの福利を担当する部署だった。だが、今や党6課は本来の任務より、金正恩総書記の要求する女性を探し出す特別任務に注力させられている。

一度に大勢の女性を平壌に連れてくるために考えた言い訳

 一度に多くの女性を平壌に連れてくると噂が立つのではないかと考えた金正恩総書記と側近は、党6課に出した通達文で、「(金正恩が)自ら仲介者となり、全国の家柄や気立ての良い娘と中央党の子弟や闘士の子弟との縁を取り持つ」と、その意図を説明した。

 金正恩体制になった後、後に解体される党5課は一時「配慮花嫁」、別名「贈り物乙女」を選抜し、由緒正しい家柄の幹部の子と結婚させるという業務を担当していた。その他、厳格な秘密厳守が求められる護衛局や護衛所の新任指揮官に花嫁を紹介するため、妙齢を過ぎて引退した党5課の女性をあてがうなどしている。

 それもあって、今回のこんな弁明が出てきたわけだ。全国から美貌の女性を多数連れてくるのは、自分のためではない。側近や抗日闘士の子孫らの花嫁、あるいは家政婦にリクルートするのが目的なのだと。しかし、その説明をそのまま鵜呑みにする人間は、北朝鮮でも多くないと思われる。

 北朝鮮の歴代の指導者が女性に執着するのが、家系のせいなのか独裁者の性なのかは分からないが、女性捜しは1日にただの1回の食事も十分にできずに飢えに苦しんでいる2500万の北朝鮮の住民に対し、まともに配給くらいはしてからにすべきではないか。

 世の中に隠し通せる秘密はない。 厚いベールで何重にも隠された主席宮の秘密も、結局はすべて明るみに出る。 権力の一時的な安定に気を緩め、女遊びから手を付けた金正恩総書記の愚かなふるまいも必ず暴かれる。そして北朝鮮の住民はもう二度と、大切な娘を金正恩総書記の慰みものにするために、差し出すことはないだろう。

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悪名高い「喜び組」を創設した金正日総書記(写真:Natsuki Sakai/アフロ)