「又吉さんは一人称で書かれているんですけど、僕は『視点をいっぱいつくって漫才の賞レースを表現できないかな』と思っていたんです」と語る浜口倫太郎氏
「又吉さんは一人称で書かれているんですけど、僕は『視点をいっぱいつくって漫才の賞レースを表現できないかな』と思っていたんです」と語る浜口倫太郎氏

漫才の賞レースに人生をかけるお笑い芸人たちの物語を描いた、浜口倫太郎さんの最新小説『ワラグル』

元放送作家の著者だからこそ表現できた芸人や漫才のリアルな描写、小説家歴10年で培ったフィクションの要素がうまく融合した作品だが、『22年目の告白-私が殺人犯です-』や『AI崩壊』(共に講談社文庫)などの作品も手がける売れっ子作家はなぜ今、「お笑い」をテーマに小説を書き上げたのか?

今年の『M-1グランプリ』に挑むため、52歳にして再び芸人に復帰した元ジャリズムのインタビューマン山下が直撃する!

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――今回、お笑いをテーマに書かれたのはどうしてですか?

浜口 僕はもともと放送作家を10年くらいやった後に小説家になったんです。本当はデビュー作(『アゲイン』)で漫才師の話を書きたかったんですが、テクニック的にまだ追いついていないと思って、結局、最初はピン芸人の話を書いたんです。

漫才師の話は小説家としてのキャリアを積んでから書こうとずっと思っていて、デビューから10年たった今、「そろそろ書けるかな」と思って書きました。

――登場人物や舞台の表現などがすごくリアルだったんですが、取材はされたんですか?

浜口 はい。お笑いライブのプロデューサーをずっとやっている友人に話を聞いたりしました。「劇場のフロアで、段ボール箱を机にして漫才台本を書いている芸人がいる」という話は作中でも使わせてもらいました。あとは放送作家を辞めてから若手芸人さんとの付き合いが増えたので、飲んだときに聞いた話を参考にしましたね。

――作中のメインどころで登場するコンビ「キングガン」は、おそらくあのコンビがモデルだと思うんですが。

浜口 知っている方が読めばすぐに気づきますよね。彼らとはよく飲みに行く仲で「モデルにさせてもらいたい」と言いました。とにかくキャラが魅力的なんですよ。芸風がぶっ飛んでいて、先輩でもズケズケとなんでも言う性格なので、小説のキャラにはもってこいでしたね。主人公のコンビ「アカネゾラ」のモデルはいないんですが。

――ストーリーはどうやって思いついたんですか?

浜口 『ベスト・キッド』という映画があるじゃないですか。あの映画は伝説の達人がひとりの少年に空手を教えますよね。「もしも同じ師匠がふたりのキャラクターに、まったく違うAとBというやり方で教えて戦わせたらどうなるか?」というのが最初の発想だったんですよ。

――そこから着想を得たんですね。ちなみに、作中で特にこだわったのはどんな点ですか?

浜口 漫才のセリフをあえて書かなかったのがこだわりですね。ネタを文字にするとおもしろくなくなるので。「Aの視点でBの漫才を見る」「Bの視点でAの漫才を見る」と交互に描写することで、漫才のセリフを書かなくても、芸人同士の視点から漫才のすごさを表現しました。

――確かに大爆笑の漫才シーンでセリフを書いて、それを読んだ読者がおもしろくないと思ったら、説得力がなくなりますもんね。お笑い芸人をテーマにしたほかの作品だと又吉直樹さんの『火花』(文春文庫)などがありますが、何か意識しましたか?

浜口 そうですね。又吉さんは一人称で書かれているんですけど、僕は「視点をいっぱいつくって漫才の賞レースを表現できないかな」と思っていたんです。そのテクニックが身につくまでは書かないようにしようと思っていたので。あと小説としての仕掛けがないと話題にならないと思い、書くまでに時間がかかりましたね。

――タイトルの『ワラグル』は「笑いに狂う」という意味の造語で浜口さんが考えたそうですが、実際に笑いに狂ってると感じた人は周りにいましたか?

浜口 作家のツチヤタカユキですね。若い頃に1日2000個のボケを考えることを義務づけていたと聞いて、そう思いました。

あとはピン芸人のヒューマン中村君。彼は「余字熟語」のネタがあって、「お経を書き写す修行僧のように、おもしろい『余字熟語』を思いつくためにずっと書いていた」と言っていました。

1000個考えてそのうちの1個を使う、みたいな。芸人さんはそれぐらい突きつめてネタを考えているんだなと。だから、ツチヤとヒューマン君を見て、このタイトルを思いついたところはあります。

――3本柱のストーリーの1本に大学生が座付き作家(特定の芸人につく作家)を目指すという話がありました。そのエピソードを読んで、芸人経験のない作家さんは元芸人の作家さんに対してコンプレックスを持っているのかなと思ったのですが。

浜口 絶対に持ってると思いますよ。僕は芸人から放送作家になっていないので、舞台に立ったことがないんです。やっぱり舞台経験のある作家のほうが強みはあると思うので。だからこそ、逆に、舞台に立ったことのない作家の強みを考えました。

――どんなところですか?

浜口 「理想の作家ってなんやろ?」と考えたんですけど、僕にとっての理想は芸人さんの陰となり、杖となることだったんです。僕は理想の作家になれなかったから、その理想像を作中の放送作家ラリーに託しました。

――ラリーは漫才台本を当て書きするとき、その芸人を知り尽くすために芸人の家族からもリサーチしますよね。

浜口 それは小説的なフィクションですが、でも、そこまで芸人さんのことをわかって完全に黒子に徹して、その人のためにネタを作るというのが理想かなと思ったんです。芸人経験がある作家はどこかで「自分がネタをやってもおもしろい」みたいな自我が残っているんじゃないかと。

――今年も『M-1グランプリ』の予選がスタートしています。浜口さんが注目している芸人さんはいますか?

浜口 今年の本命はオズワルドだとは思いますが、コウテイは決勝に行ってもらいたいですね。あとは滝音(たきおん)も。ツッコミが注目されがちですが、ボケのとぼけた感じがめちゃくちゃおもしろいです。ほかにも赤もみじとかカベポスターとかドーナツ・ピーナツとか......。

――注目の芸人さんが止まりませんね(笑)。

浜口 芸人さんが大好きなんで(笑)。

●浜口倫太郎(はまぐち・りんたろう
1979年生まれ、奈良県出身。小説家。20代の頃は放送作家として『なるトモ!』(読売テレビ)、『ビーバップハイヒール』『クイズ!紳助くん』(共に朝日放送テレビ)、『たかじん胸いっぱい』(関西テレビ)などを担当。その後、小説家に転身。代表作は『アゲイン』(ポプラ社)、『22年目の告白 ~私が殺人犯です~』(講談社文庫)、『私を殺さないで』(徳間文庫)、『AI崩壊』(講談社文庫)、『お父さんはユーチューバー』(双葉社)、『くじら島のナミ』(ディスカヴァー文庫)など

■『ワラグル』
(小学館 1980円[税込])
日本一の漫才師を決める大会に命を燃やすお笑い芸人たちと、放送作家を目指す大学生の奮闘を描いた群像劇。放送作家歴10年、小説家歴10年と、両方の世界を長く経験している著者だからこそ表現できるリアルな描写が秀逸だ。さまぁ~ず三村マサカズも「すべての芸人に読んでほしい本。誰に進(薦)められたとか、ないですが、キングオブコントM-1を目指す人々。の呼吸、間合い、作家とは! ネタやりたくなる本!」とツイッターで激賞

取材・文/インタビューマン山下 撮影/丸本小夏

「又吉さんは一人称で書かれているんですけど、僕は『視点をいっぱいつくって漫才の賞レースを表現できないかな』と思っていたんです」と語る浜口倫太郎氏