ただ「面白い」とか「好き」という言葉だけでは語りきれない映画がある。魂が震え、心に刻み込まれる。そうした大仰と言われるような言い回しでしか表現できない映画がある。10月1日(金)公開の映画『護られなかった者たちへ』は、そんな映画だ。

舞台は、東日本大震災から10年目を迎えた仙台。美しき杜の都で起きた連続“餓死”殺人事件。その背景にある、日本の生活保護制度の実態と欠陥。福祉は何のためにあるのか。この国が護るべきは誰なのか。私たちがしばしば目を背ける社会の不平等を、監督の瀬々敬久は胸引き裂くように観客に突きつける。

事件の容疑者・利根泰久を演じたのは、佐藤健。利根を追う刑事・笘篠誠一郎を演じたのは、阿部寛。今最も見たい男2人は、この映画についてどんな言葉を語るだろうか。

今この作品を映画化することに意義がある

「この作品は生活保護というシステムの問題点に焦点を当てているのですが、僕自身、こういった現状が少なからずあることを知らなかったので、初めて原作を読んだときにすごく考えさせられました。現代の社会に問いかけるものを持った作品だし、今映画化することに意義がある。そう感じられたからこそ、ぜひ出演したいと思いました」(佐藤)

佐藤健は、そう出演を決めた理由を明かす。それに呼応するように、阿部寛も口を開いた。

「震災から10年が経って、今どうなっているのか、被災地の現状がなかなか届いてこない面がある。そこに焦点を当てることに意味があると思ったし、それを瀬々さんがどう描くかにも非常に興味があった。瀬々さんとも久しぶりだったので、ぜひやりたいとお返事しました」(阿部)

佐藤が演じた利根も、阿部が演じた笘篠も、東日本大震災によって、大切な人や平穏な暮らしを失った。映画の序盤で描かれる地震直後の被災地は、10年前、テレビの前でただ呆然と見つめるしかなかったあの風景を思い起こさせる。

「いざ自分がその場に立ったとき、撮影用につくられたものではあるんだけども、その壮絶さに目を見張りまして。そこに立つことでいろいろ考えさせられた。頭で考えることもありましたし、ただ台本を読むだけじゃわからない、実際に現地に行くことでわかることもありました」(阿部寛

利根が理不尽さに苦しむ人たちの代弁者となれれば

撮影は、宮城県の協力のもと、仙台、気仙沼、石巻などで行われた。そこでふれた地元の人々の心も、阿部の中に深く残るものがあった。

「コロナ禍ではあったんですけど、多くの地元の方々がエキストラで出てくださって。今よりまだコロナに対する恐怖心や警戒心が高い時期だったにもかかわらず、我々を受け入れてくださったことに、何かこの映画に対するみなさんの想いにふれた気がしました」(阿部)

単純なエンターテインメント作品とはまた違う。実際の出来事をバックボーンとし、この社会が内包する問題に密接した作品だからこそ、向き合い方にも違いはあったのだろうか。

「現状の社会システムに対して、理不尽さとか悔しさだとか、いろんな感情を持っている人がきっといて。利根が、そういう人たちの代弁者となれればいいのかなと思っていたんですよね。そのためにも、今回僕がやるべきことは、利根という人物に向き合うこと。僕が利根と向き合うことで、利根に共感してくれたり、何かを感じ取ってくれる人が現れたらいいと思った。そういう意味では、確かに社会的なテーマを持った作品ですけど、やるべきことはいつもと変わらなかったです」(佐藤)

「笘篠は、現場でも難しい役だなと思いながらやっていたんですよ。震災によって家族を失い、その喪失感や虚無感から決してまだ立ち直れていない。どこか心にあいた穴を埋めるように仕事に没頭しているんだけど、でも自分の中に解決しきれないものがあるから、つい周りに当たったりして嫌われてしまう。きっと笘篠は自分を救ってくれるヒントみたいなものを探しながら、その場所でずっと刑事をやっていたような気がします」(阿部)

あえて決めずに、ただそこに存在しようと思った

本作は、利根と笘篠、それぞれの視点が入れ替わりながら物語が進んでいく。その中で2本の線が交錯するのが、容疑者である利根を笘篠が追いかけるシーンだ。

「本当にキツかったですよ。1回のテイクで走る距離が結構長くて。それを何回もやるんで。僕はいろんな作品でよく走らされる方なんですけど、その中でも結構大変な1日でしたね」(佐藤)

「毎回、200~300m以上は走ったね(笑)」(阿部)

「後日、阿部さんにお会いしたとき、僕は結構、筋肉痛になっててしんどかったんですけど、阿部さんポーカーフェイスでいらっしゃるんで、あれ全然大丈夫なのかなって」(佐藤)

「そこから半年苦しみました(笑)」(阿部)

「それがまったく表に出ていなかったですね(笑)」(佐藤)

「年をとると、あとから来るんで(笑)」(阿部)

また、取調室で2人が対峙する場面も、俳優同士の気迫がぶつかり合う緊張感たっぷりのシーンとなった。

「大事なシーンではありましたけど、何か特別に準備をするということはなかったです。ただそこに行って、その場で感じたものを出そうと思っていただけで」(佐藤)

「僕も同じでした。瀬々さんにも佐藤さんにも信頼感があったので、あえて決めていくことはせずに、見て、そこに存在しようと」(阿部)

阿部さんはお芝居をしている感じがあんまりしないというか。役者さんはいろんなタイプの方がいて、演技をしよう、表現をしようとする方もいる中で、阿部さんはただ役となってその場に存在している。だから、説得力があるし、すごく空気が柔軟なんですよね」(佐藤)

「この現場はそういう人が多かった気がします。佐藤さんもそうだし、林(遣都)くんもそう。みんなテイクごとに出てくるものが違うんです。だからこそ僕も常に柔軟でいようと思っていたし、そのテイクで感じたものを出そうと思っていました」(阿部)

「瀬々さんがテイクを重ねる方なんですよね。それも、他の現場ではここをこうしてほしいからもう1回というふうに言われるんですけど、瀬々さんはそれがない。特にどうしてほしいということを直接役者には言わず、何度もテイクを重ねて、その中から監督の心にとまったものを使うというスタイルなんです。だからこそ、もう1回の意味を自分なりに考えながらいろいろ試すことができたし、自由に演じられた。そこは、瀬々さんの現場の面白いところのひとつです」(佐藤)

「取調室のシーンも、怒りだったり迷いだったり、テイクごとにいろんな感情が佐藤さんから感じられて。それに毎回合わせていくのが楽しかった。どこかそういった部分に同じ俳優としてシンパシーを感じるところがあったし、何よりそんな現場に身を置くことができて、非常に充実した日々を過ごせたのを覚えています」(阿部)

佐藤さんの集中力に刺激をもらっていました

佐藤健阿部寛。名実ともにトップシーンを走る俳優だが、共演は『劇場版TRICK 霊能力者バトルロイヤル』以来、11年ぶりとなる。もともと『TRICK』の大ファンである佐藤健にとって、憧れの阿部寛との共演は特別なものとなった。

「『TRICK』でご一緒したとき、大好きだった作品の阿部さんが目の前でお芝居されていることに感動したのを覚えていて。今回は肉体的にも精神的にもハードなシーンでご一緒することがほとんどで。阿部さんだったら、思い切ってぶつかっていっても、きっと受け止めてくださるだろうという器の大きさみたいなものを感じながら日々演じていました。実際、笘篠が阿部さんだったから、あそこまで全力でぶつかることができた。非常に助けられました」(佐藤)

「佐藤さんは現場で役に入っていく方だということは以前から聞いていたので、とにかくその邪魔をしないでいようと。まあ、邪魔するような人間じゃないですけど(笑)。実際、そのすさまじい集中力を現場で見させていただいて、そこからいい刺激をもらいながら僕も笘篠を演じていました」(阿部)

利根と笘篠。どこか似ているものを抱えながら、追う者、追われる者に分かれた2人の激しい感情のぶつかり合いは、きっと観客の胸を突き動かすはずだ。

最後に、そんな2人に“いい俳優”とはどんな俳優か聞いてみた。

「いろんな要素があると思うんですけど、僕はこの人を見ていたいなと思える人がやっぱり好きですね。理由は何でもいいんですけど、目が離せなくなる人。見ていて退屈じゃない人。そういう人が、“いい俳優”なんじゃないかな」(佐藤)

「作品一つ一つに対してどういうアプローチをしていくのか。そこに情熱だったり、何と戦っているのかを感じられる俳優が好きですね。そういう人と一緒にやると、こちらも刺激をもらえる。今回もそんな“いい俳優”がたくさんいた現場でした」(阿部寛

が震える。心に刻み込まれる。もしそんな映画があるとしたら、きっとそこには間違いなく“いい俳優”の存在がある。佐藤健阿部寛。2人の俳優が、これからも日本の映画を面白くしていく。

撮影/奥田耕平、取材・文/横川良明、ヘアメイク/(佐藤健さん)古久保英人(OTIE)
、EITO FURUKUBO(OTIE)、(阿部寛さん)AZUMA(M-rep MONDO-artist group)、スタイリング/(佐藤健さん)橋本敦(KiKi inc.)、(阿部寛さん)土屋シドウ



『護られなかった者たちへ』
10月1日(金)公開