「親ガチャ」というキーワードが論争の的となっている。この言葉に多くの人が反応するのは、社会に対するある種の「諦め」が台頭しているからだろう。だが努力しても意味がないのかは、どのような働き方をするのかによって変わってくる。知名度の高い会社に入り、年功序列で昇進することを人生の目標とするならば、親ガチャの影響が大きいことは否定できない。だが、そうでない場合、遺伝はキャリアに大きな影響は及ぼさない。

【その他の画像】

スポーツや単純な知能テストは親の影響が大きい

 このキーワードは、「子どもは自分で親を選ぶことができず、育つ環境も選択できない」という現実について、カプセルトイの購入で偶然性を楽しむ「ガチャ」に例えたものである。では親によって自身の能力がほとんど決まってしまうというのは、科学的に見て事実なのだろうか。

 子どもの学習能力や身体能力が親から大きな影響を受けるのは紛れもない事実である。学術やスポーツは基本的に実力勝負の世界であるにもかかわらず、親子3代にわたって学者を続けている、あるいはスポーツ選手になっているケースは枚挙にいとまがない。

 特にスポーツはその傾向が強く、残念だが親ガチャはその通りなので、親が運動音痴だった人は運動が不得意な可能性が高い。学業も同じで、知能テストや受験勉強など、単純な知能を競うゲームにおいては遺伝の影響が大きい。大雑把に言ってしまうと、半分は親の遺伝で子どもの能力が決まると言われる。

 日本の場合、会社員の選抜はほとんどが単純な学力テストに依存している。近年は学歴不問や総合力を打ち出す企業が増えているが、現実には大学名(つまり偏差値)による足切りが行われており、学校のテストで高い点数を取り、偏差値の高い大学に入ったほうが有利なのは間違いない。

 学校のテストや受験は総合力で勝負するのではなく、単純なテストに過ぎないため、経験値も大きく作用する。親の経済力が高く塾などに行けた人は、そのぶんだけ経験値が増えるので、やはりテストにおいて有利になる。

 いわゆる偏差値が高い学校に入った人は大抵、類似問題をいくつもこなして共通パターンを見つけ出し、頭に叩き込むというやり方でテストの点数を上げていたはずだ(実際、それをやれば確実に点数は上がる)。こうした(あまり意味があるとは思えない)行為に集中できるのかどうかも、もともとの能力や環境に依存している可能性がある。

●家庭環境はどちらに転ぶか分からない

 親から引き継いだ能力で就職が決まってしまうとなると、多くの人が人生を諦める必要が出てくるので、これが親ガチャというキーワードを生み出したと考えられる。だが、この話には「いい学校に進学して著名企業に入ることが人生最大の目標である」という無意識的な前提条件が存在する。だが、そうした枠組みを取り払い、純粋にビジネスで成功することを目標とするならば、話は変わってくる。

 先ほどから説明しているように、学業成績や身体能力は遺伝から大きな影響を受けるが、それでも比率は半分である。人間の行動における残りの半分は、遺伝以外の要素から多分に影響を受けている。具体的に言えば、積極性やコミュ力、相手を理解する力など、知能テストでは測れない能力形成は遺伝的要因が低いことが知られている。

 しかも困ったことに、こうした能力は分かりやすい形で家庭環境と結び付けることができない。

 ビジネスで成功するにあたって積極性は重要だが、親が積極性を養う教育をしたからといって子どもが積極的になるとは限らず、逆に怠惰な親を反面教師にして子どもが積極的なるケースも少なくないのだ。怠惰な親を見て、子も怠惰になるケースがあるので、明確な法則性を見つけ出せない。つまり、自身の性格形成については、親で決まってしまうわけではないものの、やはり運任せという部分が大きいことになる。

 この話を聞いて、結局は親ガチャと変わらないと思ってしまったかもしれないが、両者には大きな違いがある。

 同じ偶然性に左右されるとしても、親の能力や家庭環境によって人生が決まってしまう状況と、自分の性格は自分自身のものなので変えられない状況とでは、気持ちの持ち方が変わってくるのではないだろうか。

●同じ偶然でも意味がまったく違う

 起業家などビジネスで成功した人の多くが「運を呼び込む努力をした」と語っている。これは少し抽象的な表現だが、要するに「チャンスというのは一定確率で存在しているので、多くのチャンスをムダにしないよう努力すれば、チャンスを生かせる可能性が高くなる」という意味である。

 ビジネスというのは不思議なもので、積極的だった人が、その積極性があだになって失敗するケースもあれば、慎重な人がその性格を生かしてチャンスをモノにすることもある。その逆もありで、慎重すぎてチャンスを生かせない人はたくさんいる。

 受験で良い学校に入り、著名企業に在籍して一生を終える人生を目指す限り、親ガチャについてはある程度、受け入れざるを得ない。しかし、もっと広くチャンスを生かす人生を歩みたいと思うのであれば、親ガチャは大した問題ではない。自由競争のビジネスの世界では、家庭環境が悪かったことが逆にプラスに働くこともあれば、それが不利になることもあり、どちらに転ぶのかは偶然に左右されるからだ。

 このような偶然すら望ましくないということであればどうしようもないが、勝ち負けが最初から決まっている勝負に比べれば、ずっとマシではないだろうか。同じサラリーマンになるにしても、企業の社風はさまざまである。偏差値で昇進が決まってしまう企業とそうでない企業ははっきりと区別できるので、親ガチャを回避したいのであれば、後者を選択したほうがよい。

(加谷珪一)

親からの遺伝で人生は決まってしまうのか