毎年4月に開催されるミラノ・デザイン・ウィーク。その中核イベントが「ミラノサローネ国際家具見本市(Salone del Mobile.Milano・通称ミラノサローネ)」です。昨年はパンデミックにより中止になりましたが、今年2021年は9月に特別展「スーパーサローネ(supersalone)」と形を変えて開催にこぎつけました。デザイン大国イタリアにとって、ミラノサローネは生命線。現地に行けなかった私ですが、その熱意と行動力に敬意を表しながら、今年はデジタルプラットフォームを活用し、在宅サローネ視察にトライします。

デジタルプラットフォーム充実、会場はサステナブル

今年の「スーパーサローネ」では、会場も運営も新形式によるチャレンジを見せてくれました。4パビリオン(6万8520平米)に出展ブランド425社、会期6日間の来場者数は6万人超と、規模は従来の5分の1程度に縮小されましたが、閉幕後に主催者は「勇気と、ビジョンと、団結力が勝利を飾った」と達成感のあるコメントを出しました。

「surpersalone」デジタルプラットフォームで見ることができる会場風景のムービー。ロー・フィエラ見本市会場入口からパビリオン内の展示ブースへ。建築家やアーティスト、起業家、政治家などが登壇したイベント「open talk」の様子なども

感染対策として、欧州で運用されている「Green pass」などのCOVID-19グリーン証明書の提示、加えて即席抗原検査ステーション(22ユーロ)も設けるなどして入場者を管理。マスク装着は映像で見る限り、同時期開催の全米オープンテニス会場より多い様子。

新たな展示形式はオープンな仕切りで来場者の密を避ける工夫がなされ、100%リサイクルされた木材でつくられたパネルを使用。利用後のリサイクル含め、サステナブルな運営(画像提供/Andrea Mariani by Salone del Mobile.Milano)

カーボンニュートラルへの取り組みでは、紙媒体のパンフレットや資料を作成せずQRコードでデジタル化するなど大胆に転換。カタログの重さに疲弊したころが懐かしい……。

porro社:家具プロダクトの背景壁面に映像を展開する、アート・ディレクターのピエロ・リッソーニによるインスタレーション。映像では生産工程や環境への取り組みなども紹介。今年porroの38歳女性社長マリア・ポッロがSalone del Mobile.Milano新代表に就任(画像提供/porro)

Molteni&C社:飛行機内のような展示で、アテンダントの女性が「アテンションプリーズ」とアナウンス、窓の外には雲の合間に家具プロダクトが浮かんで流れる映像が流れている。座席は1954年に巨匠ジオ・ポンティによってデザインされたアームチェアの復刻デザインの新作「Round D.154.5」。自由に旅できる日が待ち遠しいと思わせるような、ロン・ジラッドらしいウィットに富んだインスタレーション(画像提供/Diego Ravier by Salone del Mobile.Milano)

従来の新作を大空間にセットアップして見せる展示とは趣向が違う各社の展示ですが、実際の会場はどんな様子だったのでしょうか?

いつも現地でお世話になっている、ミラノサローネ広報日本担当の山本幸さんに伺いました。
「各社ブースのレイアウトを通路平行に並べたライブラリー型展示は、間口幅6~30mで規模の違いを出すだけだったので、従来の複雑なコマ割りレイアウトより、来場者的には見やすく効率が良かったようです。小さいブランドも見つけられた、と大好評。出展側も声がかけやすいメリットもありました」とのこと。
日本企業やデザイナーへの注目も高かったようで、山本さんが紹介してくれました。

ミラノサローネ広報山本幸さん、日本から初出展のポータブル照明ブランドAmbientec社の前で
(画像提供/山本幸)

Ambientec(アンビエンテック)社は横浜にある2009年設立のポータブル照明ブランド。水中撮影機材のメーカーだけあって、独自の高い技術開発力を持つ企業。それを活かすデザイナーを招聘し、魅力的なプロダクトを発表してきました。
2015年からMilan Design Weekで、著名なRossana Orlandiギャラリーへの出展を果たして好評価を得、今年は本格的に世界を相手にビジネスをするべくサローネ参画に到ったようです。

「TURN+(ターン・プラス)」デザイナー田村奈穂。ブラスステンレス・ブラックアルミニウムの3種類。新開発のオリジナル光源、アウトドアからバスルームもOKのポータブルランプ。磨き上げられた金属加工の高いクオリティに欧州人も絶賛(画像提供/Ambientec)

また、ミラノ在住の日本人アーティスト後藤司の作品を、サローネ主催者が「木工とガラス瓶の作品展示“alla Modigliani(モディリアーニへ)”は、日常生活の中で職人の忍耐強い作業によってモデル化された美の有用性を広める」とフィーチャー。

Tsukasa Gotoの作品を熱心に撮影する来場者。「Makers Show」というアーティストや職人たちを中心にしたカテゴリーへ出展(画像提供/Diego Ravier by Salone del Mobile.Milano)

後藤司:1981年東京生まれ、2004年からミラノで活動。2014年のサローネではSaloneSatelliteで作品を発表。写真左/「Daydream」(ガラス瓶に手触りのあるテクスチャーを与え幻想的なオブジェに) 写真右/「Proximity」(丸い木の棒が3次元で接合して構成された木工作品)(画像提供/Tsukasa Goto

「without hearing, touching what we can understand? So I try to feel, to touch. (聞かずに、触れずに、何が理解できるでしょう?だから私は触れて、感じるようにするのです)」
という彼のメッセージは、まさしくサローネをリアル開催に踏み切った、主催者の閉幕メッセージと同じものでした。
「やはり実際に目で見て、触って、人と会って話すということが、いかに大切だったか。スーパーサローネを訪れた人が皆、それを再認識しました。この感動はリアルでしか体感できないのです」

東京2020からミラノへと、日本代表の活躍が続く!

ミラノ・デザイン・ウィークでは、見本市会場以外の街中でさまざまな展示やイベントが開催される「fuorisalone(フオリサローネ)」も必見。インテリア以外の業界も含め今年は655ブランドが参加。ほとんどが無料入場できるので、学生や一般人も多く来場し、デザインやアートを楽しみます。

その一つ、フランスを代表するクチュールメゾンのDiorが開催した「THE DIOR MEDALLION CHAIR」展。17人のアーティストを招待して、メゾンの象徴的なエンブレムの1つであるメダリオンチェアを再解釈するプロジェクトです。

ディオールメゾンの象徴的なエンブレムの1つであるメダリオンチェアは、創業者クリスチャンディオールが愛した18世紀のルイ16世スタイル(写真撮影/©Alessandro Garofalo)

18世紀の建造物Palazzo Citterio(ミラノ・ブレラ地区)での開催。ゲストデザイナーは、フランスイタリアレバノンや韓国など世界的に活躍する17人(写真撮影/©Alessandro Garofalo)

日本からは二人の人気デザイナー、吉岡徳仁と佐藤オオキ(nendo)が招待されていました。
この二人、ミラノサローネでは毎年注目されていますが、今年は何と言っても東京オリンピックパラリンピックでの活躍に触れなければなりません。

吉岡徳仁デザインの聖火リレートーチ(左) 佐藤オオキデザインの聖火台(右)(画像提供/©Tokyo 2020)

日本を代表するデザイナーとして選出され、お二人らしい見事なデザインで全うされた仕事ぶりに、長らくファンである私は感銘を受けました。

さて、デザイン界の日本代表とも言える両氏の「THE DIOR MEDALLION CHAIR」展ですが、こちらも各々の感性やキャラクターが反映された作品となっています。

”Medallion of Light” 「不規則な光を生み出す自然のように、人間の感覚を超越する偶然性を持ったものを表現したいと思いました。光に近い素材を用いて、歴史的でありながら未来的な椅子を生み出すことを考えました」(吉岡徳仁)(画像提供/THE DIOR MEDALLION CHAIR)

364個の樹脂プレートをランダムに積層した椅子は、光を素材としてつくられたよう。目の錯覚と共に時空間の境界をぼかすような作品となって見る人を魅了します。

Chaise Medaillon 3.0” 「メダリオンというクラシカルなチェアを先端技術を用いて再解釈することにしました。背もたれは楕円形に切り抜かれていることで、メダリオンチェアの特徴が軽やかに空中に浮遊しているかのような表情が生まれました」(佐藤オオキ)(画像提供/THE DIOR MEDALLION CHAIR 撮影/©Yuto Kudo

実はこの素材、強化ガラス。1800×1100mmの一枚板は厚みわずか3.0mmで、C字型まで深く曲げられる手法を新たに開発し実現したフォルムなのです。

この2作品、デザインはお二人らしさが出ていて、一方、素材はいつもと逆!?な意外性もあり興味深かったです。こういうプロジェクトは、やはり雰囲気のある会場で見ると感動がより深かったに違いありません……。

サステナブル社会の実現に向けて、技術とデザインが融合

インテリア業界以外の日本企業がミラノで企画展をすることも少なくないなか、今年初出展したのがNitto(日東電工)。スマホ用偏光フィルムや、工業用粘着テープなどなどを提供する高機能材料メーカーで、グローバルビジネスへのブランディングを強化しています。

Nitto(日東電工):「Search for Light」(ミラノ・トルトーナ地区)
クリエイションパートナーは面出薫(建築照明デザイナー)。透明な「RAYCREA(レイクレア)」フィルムをガラスやアクリル板に貼り光源を組み合わせることで、フィルムを貼った面だけが光る。光の迷宮のような会場(画像提供/Nitto)

新しい光の表現を可能にする光制御技術「RAYCREA」をミラノで披露し、デザイン界からユーザー視点での生の声を多く得られたようです。

最後にぜひ紹介したいのは、著名ギャラリーオーナーRossana Orlandi(ロッサーナ・オルランディ)が2019年から推進している「Ro GUILTLESSPLASTIC(罪のないプラスチック)」プロジェクト。
“プラスチックが罪なのではありません、私たちは習慣を変える必要があるのです”とロッサーナは呼びかけ、使用済みのプラスチックとゴミにデザインの力で新しい生命を与え、生まれ変わらせるデザインコンペを世界に向けて発信。
「Ro Plastic Prize」として毎年、Milan Design Week期間中に応募作品を展示し、表彰しています。

「Ro GUILTLESSPLASTIC」の会場はロッサーナのギャラリー近くにあるレオナルド・ダ・ヴィンチ記念国立科学技術博物館。中庭に設けられたステージのデザインも目を引く。期間中にはデンマーク王女も訪れた(画像提供/Galleria Rossana Orlandi)

「廃棄物についての意識を高めるには、持続可能性と責任について話すだけではもはや十分ではありません。私たちは感情を刺激する必要があります」とロッサーナ、デザインコンペ「Ro Plastic Prize」に新たに設けた “Emotion on Communication”賞。その受賞作品に度胆を抜かれました!

受賞作はオランダ人アーティストのMaria Koijckの動画作品「this is the waste of one operation , my operation…. (これが一度の手術で出る廃棄物、私の手術……)」。自身の乳がん手術に使われた医療器具などの廃棄物を回収し、自分の周りに並べるという斬新な構想

Maria Koijckはプラスチック廃棄問題に取り組んできたアーティストとして、自分の手術に使用される医療材料の60%が使い捨てであることに愕然とし、このプロジェクトに取り組みました。そして、病の回復に感謝しつつも、こう投げかけます。
「人間は常に“良くなる”ことを目指していますが、私たちの環境にかかるコストはどれくらいですか?」
医療関連のプラスチックもリサイクルできるように技術革新を続けることが重要と訴えています。

持続可能な社会に向けた取り組みは、「surpersalone」会場のブランドからもリサイクル率や素材開発など多く発信されていました。
アーティストはデザインで人の心に訴え、企業は技術開発に挑む。そんな活動の広がりを日本に居ながらにして垣間見ることのできたMilan Design Week/ミラノサローネ2021@ホームでした。

ミラノサローネ国際家具見本市「Salone del Mobile.Milano」
2021年9月5日(日)~10日(金)
場所:ロー・フィエラ ミラノ 入場料:15ユーロ
「surpersalone」デジタルプラットフォーム
※2022年4月5日~10日開催予定(60周年記念ミラノサローネ国際家具見本市&キッチン・バスルーム見本市併催)


(藤井 繁子)
(画像提供/Andrea Mariani by Salone del Mobile.Milano)