“逆らう奴はクビを切るぞ” 「コネクティングカップル」の張本人を復活起用…菅義偉“強権人事”の思惑は何だったのか から続く

 安倍政権時代から「インバウンド6000万人」を掲げて施策を進めて来た菅義偉氏にとって、コロナ禍による観光業界が受けた大打撃は大きな痛手となった。

 しかし、菅氏が長年にわたり取り組んできたインバウンド政策も、実は「誰かが言っていたものをあたかもご自身で考えついたかのようにいっているだけ」なのだと、官邸関係者は言う。ここではノンフィクションライターの森功氏の著書『墜落 「官邸一強支配」はなぜ崩れたのか』(文藝春秋)の一部を抜粋。菅政権が立てた政策の本質を探る。(全2回の2回目/前編を読む)

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青い目のブレーンを引き入れたワケ

 基本的に安倍政権の経済政策をそっくり引き継いだ菅政権では、それだけに独自色を印象付けようとしているかもしれない。名称が改まった有識者の第三者機関「成長戦略会議」には、新たにインバウンド政策の発案者として売り出し中のデービッド・アトキンソンも加わった。

2013年から始めた観光立国の仕組みづくりに際してアトキンソンさんの本を読み、感銘を受け、すぐに面会を申し込んだ。その後何度も会っている」

 〈スペシャル対談 官房長官 菅義偉×小西美術工藝社社長 デービッド・アトキンソン――カギはIRとスキー場だ〉と題した「週刊東洋経済」の2019年9月7日号の特集記事で、官房長官時代の菅自身がこう語っている。

「ビザの規制緩和により海外旅行者を急増させた」

 インバウンドは、ふるさと納税と並んで菅が鼻息を荒くしてきた政策だ。それだけに、譲れないのだろうか。このコロナ禍で首相になってなお、ウイルスの脅威を度外視し「2030年インバウンド6000万人」達成の大風呂敷を広げたままだ。さすがにGoToキャンペーンなる無茶な景気対策は停止を余儀なくされたが、いまだインバウンドの目標だけは死守しようと必死なのである。

 もっとも首相ご自慢のインバウンドもまた、ふるさと納税と同じく、政策を提案したのは菅本人ではなく、アトキンソンでもない。

「菅総理の政策はすべてが、どこかで誰かが言っていたものをあたかもご自身で考えついたかのようにいっているだけ。インバウンドももとはといえば、旧民主党前原誠司さんが提案したものです」

 官邸関係者はそう話す。私自身、前原にインバウンドの件を尋ねたことがある。こう話していた。

「私は国交大臣のとき、公共事業を減らそうと、コンクリートから人へ、という政策を打ち出し、国土交通省に成長戦略会議を立ち上げました。その五つの成長戦略テーマの中核がインバウンドでした。当時はまだ外国人観光客が年間600万人台でしたので、それを3000万、4000万と増やそうという構想を立てたのです。戦略会議には福田さんにもメンバーに加わってもらった」

「どこかで見た」政策ばかりの安倍・菅政権

 有識者会議の名称も今の成長戦略会議と同じだ。ちなみに前原の話に出てくる福田とは、竹中平蔵ブレーンである経営コンサルタントの福田隆之である。19年暮れまで菅官房長官の補佐官を務めてきたことは前に書いた。

 安倍と菅に共通しているが、二人は自らの失政や不祥事を野党から責められると、「悪夢のような民主党政権よりよほどいい」と繰り返してきた。だが、それでいて空港や水道の民営化といった経済政策は、民主党時代に考案されたものである。ある厚労省の官僚によればこうだ。

民主党時代の09年から内閣官房地域活性化統合事務局長として官邸入りしていた和泉(洋人)さんが、第二次安倍政権で首相補佐官になり、インバウンドをそのままやろうとしたわけです。厚労省にとつぜん『民泊を法制化しろ』と言い出して、『一週間で何とかしろ』と指示され、外国人向けの宿泊施設を増やすための法整備に取り組んだのです」

 改めて説明するまでもなく、菅が横浜市議時代から政策を頼ってきた和泉は、菅政権の中核を担う官邸官僚である。

インバウンドのために増やそうとした民泊は、もともと旅館業法によって厚労省が所管してきた宿泊施設扱いなので、厚労省に仕組みづくりが下りてきたわけです。海外ではたとえば英国の民泊営業上限が90日となっています。しかし、それでは民泊業者にうま味がないので、日本の場合は180日に上限を設定しました。民泊はホテルや旅館の営業を圧迫するので、そこから反対が出ないギリギリのラインでした」(同厚労省の官僚)

 住宅を所管する国交省厚労省の合作法案として住宅宿泊事業法、通称民泊新法が2017年に閣議決定され、18年から法施行された。ビザの緩和と併せ、これがインバウンドを後押ししたといえる。

 とどのつまり民主党の前原案をそのまま安倍前政権に持ってきたのがインバウンド政策であり、そこには、むろんアトキンソンの貢献はない。

 アトキンソンは英オックスフォード大で日本学を専攻し、90年に来日した。92年から07年まで米ゴールドマンサックスの日本経済担当アナリストとして勤務し、そのあと09年11月に小西美術工藝社に取締役として入社している。小西美術工藝社は57年12月に創業された。日本の神社仏閣の漆塗、彩色、金箔補修を担う老舗企業だ。

 アトキンソンはその経営再建を任された。名うての外資系アナリストと日本の文化財を守る老舗企業経営者という二つの顔を併せ持つ。入社した明くる10年6月に会長に就任。しばらく社長を兼務したあと、14年4月から社長に専念してきた。

 菅が読んだという書籍は15年にアトキンソンが東洋経済新報社から出版した『新・観光立国論』だ。菅本人の言によれば、本に感銘して会いに行ったことになっているが、そのあたりもどうやら怪しい。

 いわば菅は、アトキンソンのネームバリューを使い、インバウンドの指南役に仕立てただけではないだろうか。かたやアトキンソンにもインバウンド政策の看板を掲げるメリットは大きい。小西美術工藝社は、インバウンドの観光政策が大きな利益を生んでいるからだ。

下村博文と旧知の大物金融ブローカー

「文化財を活用した観光で注目を集めれば、その文化財を保護するための補助金も得られやすくなる。国の財政が厳しい現在、観光資源にならなければ保護も厳しくなる」

  17年4月26日付の朝日新聞東京朝刊には、アトキンソン自らがそう談話を寄せている。実際、17年に補修を終えた国宝の日光東照宮陽明門は、その総工費12億円のうち55%を文化庁の補助金で賄い、大部分の工事を小西美術工藝社が担ってきた。会社の18年の年間売上げ8億2000万円が、19年には9億8000万円と前年比2割もアップしている。菅とアトキンソンの二人はまさしく持ちつ持たれつの関係にある。

 おまけにアトキンソンの菅政権への提言は観光にとどまらない。アトキンソンのもう一つの持論が、最低賃金の引き上げなどによる中小企業の再編だ。日本の企業の99.7%を占める中小企業の数を減らし、生産性を高めよ、という。しかし、これには霞が関の官僚からの不満も少なくない。経産官僚が言う。

中小企業の賃金問題や数が多いのは誰もがわかっているけど、そう簡単に整理統合なんてできません。企業の数を減らせば大量の失業者が発生するのは目に見えており、徐々に変えていくしかない。経営者にしてみたら、ただでさえコロナ禍で経営が苦しいのに実情がわかっていない外国人に言われたくないよ、という思いではないでしょうか」

―アトキンソンラインの生みの親?

 つまるところ、菅はスマートな外資系アナリストを表看板に据え、以前からあるもっともらしい政策を、あたかも独自のアイデアであるかのように進めているに過ぎない。

 ただし、アトキンソンが社長を務める小西美術工藝社は、日本の伝統文化に携わる産業とはいえ、売上げ規模10億円と大企業とはいえない。外資系アナリストにとって、ビジネス上さほどうま味のある会社とも思えない。

 なぜ菅がアトキンソンにたどりついたのか。アトキンソンはどうやって老舗の文化財補修企業の経営を手掛けるようになったのか。そこについては、謎が残るのである。

 菅政権の誕生後、永田町霞が関では、政権中枢と外資系アナリストをつなぐキーマンの存在が囁かれている。それが国際金融ブローカーの和田誠一である。永田町が騒いでいるのは、和田が小西美術工藝社の会長に就いているからだ。アトキンソンは14年4月に会長と社長の兼務を自ら解き、代わって和田が会長に就いた。

 和田は90年代、サラ金「武富士」の資金調達をしてきた。その筋では知られた金融ブローカーである。元武富士の役員が説明する。

「サラ金が社会問題化して、武富士が日本の銀行から融資を受けられなくなったときに頼ったのが、和田でした。香港にギガワットインベストメントなる会社を持ち、東京のアークヒルズにあった会計事務所を行き来しながら、武富士のために動いていました。和田が香港に拠点を置いたのは税逃れのためだとも囁かれ、米バンカーズトラストなどから3000億円を調達した。それが京都駅前の同和地区の地上げ資金として使われたのではないか、とも取り沙汰されました」

政財界をつなぐキーマン・和田

 この謎めいた怪人物は政界の知己も多い。和田はかつて学習塾経営に乗り出した。その関係から文教族議員の下村博文とも30年来の交友がある。下村は新政権で菅が自民党政調会長に抜擢した。ともに96年初当選の同期の桜だ。菅とアトキンソン、和田と下村という複雑な人脈関係について、「週刊文春2020年10月15日号の直撃取材に対し、当のアトキンソンはこう答えている。

「私が社長になった後、和田さんを会長にした。政治家との繫がりのためです。(文化財の)修繕に日本産漆を使うべきと提言するために(和田氏から)下村さんを紹介して頂きました」

 アトキンソンは政界のパイプ作りのために和田を会長に据えたという。だが、よくよく取材すると、話は逆のようにも感じる。政界に通じる和田がアトキンソンを小西美術工藝社に入れたのではないか、という説も根強い。官邸関係者はこうも言った。

「和田は逮捕歴もあり、表舞台には立てない。それで菅総理は表の顔としてアトキンソンを使っているのでしょう。和田はカジノ・IR業界にも通じており、菅の地元横浜のドンと呼ばれる藤木企業の藤木幸夫会長とも交流があるとされます。この数年、カジノの反対に回っている藤木会長とのあいだを取り持つべく、菅総理が和田に頼んでいるのではないでしょうか」

 菅はアトキンソンとの対談でも、日本の観光にはIRが欠かせないと言い続けている。その狙いはコロナで目算が狂った。

【前編を読む】“逆らう奴はクビを切るぞ” 「コネクティングカップル」の張本人を復活起用…菅義偉“強権人事”の思惑は何だったのか

(森 功/ノンフィクション出版)

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