「学校は机に座って勉強するだけの場所ではない」とよく言われますが、それゆえにさまざまな事故やトラブルも起こりうるもの。ねとらぼ読者からそんな体験談を伺う本企画、今回は10年ほどたった今でも忘れられないという小学校時代のいじめのお話。

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●「保健室に運び込まれ、鏡を見ると顔が半分青紫色に」

 小学生のころは図書委員で、同じクラスの児童を整列させ図書室まで連れていく役割をしていました。しかし、当時の私はよくいじめトラブルにあっていたこともあって、その日は誰も言うことを聞いてくれませんでした。

 10分以上かかったかと思うのですがようやくクラスメイトたちが歩き始めると、私がその場を仕切っていることが気にいらなかったのでしょう、同級生2人が私を囲んで「お前なめてんの?」「調子乗ってんじゃねーよ」と壁ドンしたり、蹴ったりしてきました。

 当時の私は負けず嫌いで、そのとき煽り返してしまったのでしょう。さらに、クラスの中でもずばぬけて力の強い同級生が「ふざけんじゃねーよ」と大声をあげて殴りかかってきて、私の頬に右ストレートが直撃しました。

 感じたことのない痛み、しびれ、熱。鼻から流れ落ちる血の量は次第に増えていき、あたりの廊下は半径3メートルほど赤く染まっていたかと思います。そのときの、私に暴力を振るった同級生たちの「ウゲッ」とひいた声と顔は今でも覚えています。

―― 暴力にどういう可能性があるか、あまり分かっていなかったのかもしれませんね。

 私は保健室に運び込まれ、鏡を見ると顔が半分青紫色になっていました。しばらく氷袋で冷やしていましたが、そのあいだも尋常ではない痛みが走っていて。骨折はしていなかったようですが、勉強どころの状態ではなかったので、正直、帰らせてほしかったですね。

―― その後、どうなりましたか?

 先生との話し合い(事情聴取)などに発展し、同級生の親子が私の家まで謝罪に来たのは覚えています。ただ、同級生たちが反省したような顔を見せるのは先生や親御さんの前で謝るとき、問いただされるときだけ。関係性は悪いままで、暴力や陰湿ないじめが続きました。

 救いといえば、中学では彼らと別の学校になったことでしょう。

「しばらく氷袋で冷やしていましたが、そのあいだも尋常ではない痛みが走っていて」