(池田 信夫:経済学者、アゴラ研究所代表取締役所長)

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 自民党の新総裁に岸田文雄氏が決まった。こういうとき普通はご祝儀相場で株価が上がるものだが、9月29日日経平均株価は下がり、3万円台を割った。彼が提唱する株主資本主義の見直しや金融所得の増税などの政策が嫌われたものと思われる。

 確かに分配重視や格差是正を強調する岸田氏の経済政策は、株価の低迷した民主党政権と似ていてパッとしないが、もっといいアイデアがある。総裁選で河野太郎氏の提案した最低保障年金である。

最低保障年金は「大減税」になる

 これは河野氏が2009年に(当時の民主党政権の)枝野幸男氏や岡田克也氏などと共同提案した超党派の年金改革案と基本的には同じだ。

 そのしくみはシンプルである。今の公的年金は基礎年金(1階)と厚生年金(2階)の2階建てになっている。1階部分は加入者の払う保険料(月額1.6万円)でまかなうが、それでは支給額(月額最大6.5万円)には足りないので、半分を税金で補填している。

 しかし基礎年金は、未納が4割を超えている。未納者が受給年齢を迎えると年金をもらえず、生活保護を受けなければならない。その支給額は約13万円と基礎年金の2倍なので、保険料を払わないで生活保護を受けるただ乗りが増える。

 河野氏の改革案はこれを改め、基礎年金をすべて税でまかなうものだ。基礎年金(1階)はすべて消費税で、2階部分は社会保険料(報酬比例)でまかなう。

 これに対して岸田氏は「基礎年金をすべて消費税にしたら大増税になる」と批判し、「消費税は何%になるのか」と質問した。それに対して河野氏は税率を明確に答えず、事実上引っ込めてしまったが、これは逆である。最低保障年金は、多くの加入者にとっては減税になるのだ。

最低保障年金は公平なセーフティネット

 河野氏が保障する給付額ははっきりしないが、現行の水準を維持すると、基礎年金の給付額は図2のように23.9兆円である。これをすべて消費税でまかなうと、2020年度の消費税収21兆円では1.9兆円足りない。これは税率にして1%程度であり、大増税は必要ない。

 他方、消費税を増税すると同時に基礎年金保険料は廃止される。これは保険料という建て前だが、すべての加入者から月額1.6万円(年額20万円)徴収する「人頭税」であり、低所得者ほど負担率の大きい逆進性をもつ。

 保険料の負担は、図2の基礎年金拠出金23.7兆円から国庫負担11.8兆円を引いた11.9兆円なので、これがなくなると消費税6%分の負担が減る。

 つまり今の基礎年金をすべて消費税に置き換えると1%増税になるが、基礎年金保険料の廃止を差し引くと5%の減税になる。この点は河野氏も「保険料1.6万円がなくなるので、月収30万円以下の人は負担減になる」と説明している。

 だから岸田氏の批判とは逆に、最低保障年金は低所得者への大減税なのだ。これは現役世代に毎年20万円の現金を給付し、高齢者全員に現在と同じ給付を保障する小型ベーシックインカムである。

 ただ負担額はどれぐらいの年金を保障するかによって違う。月額10万円を保障するには、総額40兆円以上が必要で、消費税を20%以上にする必要があるが、負担と給付の関係はわかりやすいので国会で議論すればいい。

 年金未納者にも同額の年金を給付するのは、ただ乗りを許すことになるという批判もあるが、氷河期世代が受給年齢になると、生活保護の支給額は毎年20兆円以上増えると予想されている。これをなくすだけで消費税10%分が浮く。

 消費税は高齢者も負担するので公平だが、資産家の高齢者にも支給することには疑問もあるので、河野案は一部減額する「クローバック」などの措置もオプションとして想定している。

 この制度設計にはいろいろ問題があり、特に2階部分の改革は困難だが、大事なことは今の裁量的で複雑な年金や生活保護などの制度を整理し、公平で透明なセーフティネットを再構築することである。

株主資本主義の徹底が必要だ

 岸田氏が格差是正のために何をするのかよくわからないが、彼が具体策としてあげている住居費・教育費支援ぐらいでは大した効果はない。問題はそういう裁量的なバラマキではなく、超高齢化時代に対応した社会保障の改革である。

 超高齢化社会保険料は増え、給付額は減る。今は高齢者1人の年金を現役世代2人で負担しているが、2050年には高齢者1人に対して現役1人になり、サラリーマンの負担は今の2倍になる。厚生労働省はこの負担を減らすために支給額を下げるが、その予定通り下げると2050年には年金給付額が月額5万円を下回り、それだけでは生活できない。

 この世代間格差の拡大は、超高齢化時代には避けられない。岸田氏のやろうとしている金融増税や住宅・教育給付などのアドホックな対策では、ますます不公平が拡大する。

 むしろ株主資本主義を徹底して、成長することが必要だ。株主資本利益率(ROE)がアメリカの半分しかない日本で「株主資本主義の行き過ぎ」などという岸田氏の認識は倒錯している。

 その企業収益を国内に還元するしくみを整備する必要がある。日本の法人税アジアで最高なので、空洞化を促進している。これを下げて消費税に置き換え、社会保障の財源にすることが望ましい。それには消費税率を上げる代わりに、法人税率と社会保険料を下げる必要がある。

 今の日本が「新自由主義の行き過ぎ」だという岸田氏の認識は、民主党政権と同じ誤りだ。日本が長期停滞に陥ったのは、規制や補助金で企業を過保護にした結果、中国との競争に負けたためだ。日本企業の競争力を高めると同時に、セーフティネットは税で整備する改革が必要である。

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