連載:少子化ニッポンに必要な本物の「性」の知識

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 スウェーデンはフリーセックスの国として知られる。

 それはこの国に根付いている性行動は個人の自由であり自己責任の範囲で負える性行為は肯定されるという社会風潮からもたらされる、一つの自由と解放のスタイルといえる。

 米国も1960年代には、いわゆる「性の革命」が盛んに提唱された。

 それまで保守的だった性のモラルの規範が根底から揺さぶられるようなムーブメントとなって、瞬く間に全土に広まった。

 その淵源には「性欲という生命エネルギーが存在する」と提唱したオーストリアの精神科医で精神分析学の創始者ジークムント・フロイト1856–1939)や、のちに米国でのフリーセックスの流行の起因の一つとされるオルゴン理論の提唱者で精神科医のヴィルヘルム・ライヒ(1897-1957)など精神分析の専門家の活躍がある。

 オルゴンとは性的絶頂を指すオルガスムスの語源である。

 ヴィルヘルム・ライヒ博士は、「オルゴンは自然界に遍在・充満するエネルギーである」「オルゴンは性エネルギーであり生命エネルギーで病気治療にも効果をもたらす」と、その有効性を称えた。

 それにより性の自由と解放といった変革の流れが加速化すると、それまで人々に理想とされ、社会の大勢を占めていた厳格な性道徳という観念はしだいに形骸化していった。

 社会の主流文化であった保守的キリスト教社会とは対蹠的なカウンターカルチャーに傾倒したヒッピーたちは、ヌードや性の解放と自由な社会への変革を主張。

 フリーセックスやスワッピングといった行為もそうした流れの支流といえる。

 私たちは、自分が思っている以上のことが、案外、簡単にできてしまうものである。

 そして自分には、自身が思った以上に多くの選択肢があることに気づかされる。もし、性的興味が湧いて、自身の食指が動く行為を選択し、それを実行したとすれば、普段、味わうことのない歓びに浸ることがかなうだろう。

 脳科学者の茂木健一郎氏は「選べている」という感覚が脳に歓びをもたらすと主張する。

 もし、そうだとするならば、フリーセックスにしてもスワッピングにしても、重要なのは自分が性交する相手を「選べている」という感覚であることになり、自身がそうした行為や相手を選択できることが可能ならば、さらなる精神的な悦びは高みに到達するに違いない。

 フリーセックスが盛んと聞くと、わが国ではすぐに異端だの堕落といった言葉を思い浮かべて眉を顰める人もいるだろう。

 だが、スウェーデンは、冠たる立憲君主制国家として、民主主義の成熟性が高く評価され、世界で最も評判の良い国に選出されている。

 たとえフリーセックスの国であろうとスウェーデンは、いまも国家として健在なのだ。

 米国でも性の革命によって、一般的に米国人の性意識が革命的に変化したかといえば、そういった話も聞こえてこない。

 昨今、世界の性の潮流として、多くの国が同性愛者に対しておおむね寛大になり、その容認の度合いが進んでいる。

 性的少数派に対する本来的には何の謂われもない差別が、世の中から消えていくことは歓迎されるべき変化であり、人々の性意識と社会がそれだけ成熟したことのあらわれといえよう。

 フリーセックスや性の革命などの思想によって社会が病み、国が滅びるというのは、旧弊な考え方にとりつかれている人たちの取り越し苦労にすぎない。

 だが、新たな解放思想が性の問題の万能薬にはなり得ないということも、また一つの事実である。

 なぜなら性的行為およびその趣向は、人間の根源的な私性に属するからだ。

 性的な私性とは外部からもたらされる思想や哲学にも、法制度にも、社会的なシステムにも、馴染みにくい。

 それは性癖自体が自身の欲求にしたがって、直截かつ奔放に活動しながら地中へと根を張り、それを広げて延ばすことで我々の人生を裏で支える裏方のような存在といえる。

 だが、もし裏方が多少、図に乗って勢い余って表に出たとしても、それで世の中の性が多少乱れたとしても嘆く必要など全くない。

 逆の言い方をすれば、世の中の動きがおかしくなり、人々が生き辛さを感じる時ほど、人生の裏方である性的な私性は、その生き辛さに抗おうとして暴走の衝動をはらんでくるのである。

 抑圧は、暴走の火種になる。

 鬱憤晴らしは溜まりに溜まったストレスを、一挙に解放して吐きだす興奮と精神錯乱状態へと駆り立て、人間のおかれている居心地の悪い感情的な緊張状態を浄化し、潜在的敵意を緩和する効果がある。

 人間は文化的側面と動物的な側面を併せ持つ。だが、通常、人は動物的な本能的側面を抑える傾向がある。

 しかし、もし抑圧による緊張状態が継続すれば、いつまでも動物的、本能的側面を抑えることは難しい。

 そのため暴走は、その矛盾に折り合いをつける効能がある。

 人間の究極の鬱憤晴らしは戦争であろう。もっと眇眇たるものとしては、ギャンブルにカネをつぎ込む、上司の悪口を言う、密かな不貞なども鬱憤晴らしの一つの行為である。

匿名性の乱交パーティ、仮面舞踏会

 オージー(Orgy)は鬱憤晴らし・乱痴気騒ぎなどと訳されるが、海外では一般的に乱交、もしくは乱交パーティを指す。

 それは一つの共有する場所で、複数の不特定の相手と性交を行うものである。

 オージーの語源は、古代ギリシャで秘密裏に行われていた宗教儀式「オルギア」で神と結合を意味し、性的絶頂(エクスタシー)がその原義である。

 当時、性行為と豊穣は人々の信仰の要といえ、その性的な秘儀は一部の者だけしか参加を許されない特別でエロティックな祝祭であった。

 いつものパートナーではない相手と性交するということは、抑圧と自制による緊張からの解放をもたらすとともに、さらには2つの全く性質の違うものを並べ比べたとき、その違いや取り合わせを対照することで、普段の生活で生じる怠惰な慣習や、退屈な性生活をも甘受する寛容さをもたらす。

 つまり、不貞は恰好のガス抜きになるものなのだ。

 中世キリスト教会は厳格すぎる性の規定と、性生活への凄まじい介入の結果、その抑圧による反動からか、ヨーロッパ各地のいたるところで仮面舞踏会が催された。

 仮面舞踏会は仮面(マスク)によって顔が隠されることで匿名性を保つことができる。

 だが、マスク以外のすべての衣類はすべて剥がされるフリーセックスのクラブのような会も数多く開催された。

 それは匿名性の乱交パーティそのものだが、翌朝には誰もが仮面を外して普段通りの衣類で身を飾り、いつもどおりの敬虔なクリスチャンという日常の顔に戻っていったのだろう。

神は肉欲に溺れることを許す

 男女の情欲に対する感受性は人によって様々だが、戒律に背いたり、禁を侵したりしたがる性的情動は、誰にでも潜在的に有している。

 その禁断なる甘き匂いは、禁断を犯さないかぎり嗅ぐことはできないが、背徳は禁断の歓びには不可欠な要素といえる。

 古代ギリシャ文化の特徴は快楽への賛美に溢れ、そこには人間にかかわるすべての事象には、快楽的要素が付帯しているという気運があった。

 抒情詩人シモーニデース(紀元前556-468)は「すべてが死ぬ定めにある儚い人の人生において、肉欲の快楽なくして何の価値があるのか。天空に住まう神々でさえ、それを無くしては何も羨むべきものはない」と記している。

 ギリシャの神々は、世界の如何なる文明よりも、神々自身が性欲に囚われ、肉欲に支配されていた。それは神の子である私たち人間の性根を明瞭に映し出しているようにも見える。

 アプロディーテーは愛と生殖を象徴する女神として讃えられている。

 その出自は男性器にまとわりついた泡(アプロス・Aphros)から生まれた。

 紀元前8世紀末の吟遊詩人ホメーロスは『オデッセイア』の第8書には女神アプロディーテーの不貞について綴っている。

 それはアプロディーテーが、戦いの神アレースと密通し、愛の歓びにのめり込むシーンである。

 アプロディーテーの夫で、雷の神ヘーパイストスは容姿に恵まれず、その醜さを妻アプロディーテーは蔑していた。

 ある時、アプロディーテーの前にオリュンポスの神々で最も美しい男神アレースが現れた。するとアプロディーテーは男性的で精力に満ちた若いアレースに入れ込んだ。

 太陽神ヘーリオスが夫のヘーパイトスに妻が不倫していることを告げると、夫は打ち拉がれるも裏切った妻への復讐の気炎を揚げた。

「遠くに仕事に出かけるから、しばらくは帰れない」と夫は妻に告げて宮殿を出た。妻は、早速、愛人アレースを呼び出し寝室に招き入れた。

 夫は、その様子を隠れて覗いていた。妻は淫奔な雌へと変貌し、間男と肉体の合体しながら、凄まじい勢いで激しく揺さぶられている。

 妻が自分には決して見せなかった媚態の艶やかなる美しさを晒しながら、官能的な秘戯の数々を自分以外の男に懸命に施している。

 妻の埒な痴態を見て、胸が掻き毟られるような心痛に見舞われた夫は、抑えようのない嫉妬心と激しい憤怒が沸き上がった。

 淫溺の果てに情欲を満足させた妻と間男は互いに横向きに抱き合うと、身体が金縛りにあったように動けなくなってしまった。夫は緊縛の術で不貞を働いた2人を縛り上げたのだ。

 動けずにいる妻の火照った裸体を見ているうちに、夫は自身を裏切った妻に対して嗜虐的にいたぶってやりたい衝動にかられた。

 夫は、すぐにギリシャの神々を自分の宮殿へと招集すると、寝室の扉を開けて、妻とその愛人の密通現場を神々の前に晒したのである。

 以下、その様子をスクリプトで再現してみよう。

 緊縛により身動きのとれない、愛の女神アプロディーテーの澄み切った美しい青眼は濡れ光っていた。艶々と金色に輝く髪、なよやかで形のいい豊かな乳房。腰部の引き締まった悩ましいくびれ

 情感に満ちた優雅な曲線と官能美を一つにして匂わせている、その象牙色の光沢をもつ美しくも豊満な全身像。

 それは愛人との火のように燃えた情事の名残によるものか、ほんのりと赤みを帯びていた。

 すらりと伸びた脚線美。肉付きのいい両太腿の付け根あたりの生暖かい金色の若草に目を奪われ、思わず生唾を呑み込む神々。

 そんな中、ある男神が突如、前に出て裸体の女神に近づいた。そして、

「もし、この優美で豊艶なアプロディーテーと、身を一つに合体できるのであれば、此所にいらっしゃるみなさまが、たとえ私が演じる喜悦の狂態をご覧になったとしても、私にとって、その歓びははかり知れません」

「ですが、私の男棒はアレースのようにヘーパイトスの妻を昇天させ、愉悦に導いた赤黒い肉鉾と比べますと、かなり見劣りするため、アプロディーテーを恍惚情態へと導くことは叶いませぬが」

 と男神アレースの巨大な肉の槍を指さしながら、それを讃えた。

 神々は一同に破顔したが、不貞を働いた女神アプロディーテーに対する猥らだと斥ける非難も、不倫は道徳的であり問題だと、断罪することも一切なかった。

 この『オデッセイア』の話の中で、愛の女神が貞操義務を蔑ろにしても、神々は哄笑と喜悦をもって黙過したのは、古代ギリシャにおいて誰しもが戒律に背いたり、禁を侵したりしたがる性的衝動を潜在的に有しているという認識が広く社会に共有されていたことによるためではないか。

「すべてが死ぬ定めにある儚い人の人生において、肉欲の快楽なくして何の価値があるのか」

 抒情詩人シモーニデースは人間の根源的な私性のありようを謳っている。

これまでの連載:

戦前まで日本各地に存在した「初夜権」とは何か:https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/66996

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