※本コンテンツは、2021年9月13日に開催されたJBpress主催「第10回 DXフォーラム」の基調講演「サステイナブルな社会を実現するDXと克服すべき課題」の内容を採録したものです。

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 藤田研一氏は、ドイツに本社を置くテクノロジー企業・Siemensシーメンス)の日本法人で代表取締役社長兼CEOを務めた人物で、現在はK-BRIC & Associatesの代表を務めている。「DXは、社会を変えるテクノロジーイノベーションなのか」という問い掛けに、「第4次産業革命となれば“本物”」と答える藤田氏が「DXの本質」を話す。

日本企業に求められる事業モデル再構築の方向性

 人・馬・牛から蒸気機関・電力へ、帆船から蒸気船・ディーゼル船・ガスタービン船へ、馬車から鉄道・航空機へ、フィルムカメラからデジタルカメラDTPへ、電報からテレックス・Fax・eメール・SNSへ、真空管からICへと、これまでの人類史においてテクノロジーが“過去の常識”を覆してきた。企業が進める「デジタライゼーション」は、第1次〜第3次産業革命(機械化→電化→自動化)に続く第4次産業革命となり、社会を次のフェーズへと運ぶことができるのだろうか。

「事実、CPUの素子数の進化を見ても、既にその処理速度は人間の脳のキャパシティーを超えています。第4次産業革命の中心となるデジタルイノベーションは、十分な社会的インパクトを与える可能性を持っています。注目すべき点は、昨今のテクノロジーから生まれた製品・サービスが社会に浸透するスピードです。

 アメリカを例に、電気・テレビ・パソコン・インターネットなどの製品が『普及率25%』に到達したスピードを比較すると『電気』が普及するのにほぼ50年かかっているのに対し、同国で人気のSNSアプリ『Snapchat』はわずか1年弱で普及しました。150年の間、普及スピードが約50倍になっているのです」

 Appleは情報端末とコンテンツのイノベーションを起こした。Amazonは消費行動・サプライチェーンのイノベーションを起こした。今、世界では「デジタル技術に裏打ちされたパラダイムシフトが起きている」と藤田氏。世界中の企業が経営方針として、イノベーションに適応するための新たな経営戦略を展開させている。

「例えば、ドイツでは国家戦略として『Industrie4.0』を掲げ、デジタルイノベーションに力を注いでいます。もちろん、企業も同様で、私が日本代表を務めたシーメンスはデジタルビジネスに集中したポートフォリオマネジメントを実行しました。

 具体的には、過去10年間に2度、大きな企業改革プランを実施したという。

「事業選別の基準はEBITDA(税引前利益に特別損益、支払利息、減価償却費を足して求める会計上の指標)、既存事業とのシナジー、そして事業の将来性でした。もともと8つの事業本部がありましたが、10年足らずの時間軸の中でヘルスケア・家電部門、鉄道事業、エナジー事業を分社化し、ソフトウエア企業も次々に買収。

 最終的にはデジタルビジネスを強く推進できる事業を2つのカンパニーとして残しています。日本企業にも、こうした顧客ニーズや社会環境・技術の変化に対応した事業モデルの再構築を求められています」

日本企業のDX導入が「周回遅れ」な理由

 では、日本企業におけるDXの動向はどうか。「日本企業のDX導入は周回遅れ」とやゆされることも多いが、藤田氏も同様の考えだ。

「実際に日米の企業におけるDXの現状を比較すると、そこには顕著な差があります。下の図はDXの推進レベルを表したものですが、アメリカでは何らかのDXに取り組んでいる企業の総数が70%であるのに対し、日本は50%の企業がDXに備えきれていません。

 実行しているDXの中身を見ても、『従業員が新型コロナウイルス感染症の影響で出社できないから、仕方なく勤怠管理のソフトウエアを入れた』など、“DXの本質”を捉えてないパッシブ(受動的)なケースが多々、見受けられました。まさしく日本は“周回遅れ”の状態です。しかし、あえてそれを前向きに捉えれば、市場拡大の余地があると考えられます」

 こうした背景には「DXを必要とする(日本企業の)経営戦略や事業変革意思の欠如がある」と藤田氏は続け、さらに日本でDXが進まない阻害要因は「自前主義と外部頼み」だと指摘する。

「日本の製造業に導入される各種システムを見ていっても、大部分がパッケージ開発(既存システムを活用して開発すること)ではなく、外部へスクラッチ(ゼロからオリジナルのシステムを開発すること)で開発を依頼しています。

 外部への委託率が高いことは、そのまま『ITタレント(IT系の才能のある人材)が外にいる』ことにもつながっていきます。日本企業とって、自前主義から標準化への転換、そして自社のデジタル戦略をリードする人材確保は急務であると考えています」

DXには経営・事業上の“明確な目的”が必要だ!

 つまり、日本企業はDXそのものに対する考え方を根本から変える必要がある。藤田氏はDXの本質について、次のように説く。

「目的なきDXというのは、単なる“石ころ”と同じ。つまり、見ているだけ(そこにあるだけ)。それでは何の役にも立ちません。例えば、『くぎを打つ』という動作した瞬間に、ただの石ころが“金づち”の代用品に変わるのと同様、DXも使い方次第で課題を解決する“ツール”になります。DXがイノベーティブかどうかは、使用者(=DX推進企業)が目的と活用方法を編み出せるかにかかっています」

 そのためにも、DXを推進する上での経営・事業上の“明確な目的”が必要であるが、日本のデジタル推進の多くは、「本末転倒=DX自体が目的になっている」と藤田氏は話す。

「DX自体を『自社の目的』として実施した企業は、テックジャイアントと呼ばれる企業を見ても過去に例がありません。AmazonのAWSという Cloudサービスは、もともと自社保有していた膨大なECデータ処理の社内システムの外部提供が、事業収益の柱になったサービスです。

 AppleやGoogleもインターネット環境やCPUの発達を背景に、データモビリティーへの消費者行動の変化を創造。FacebookやYouTubeもまた、ネット環境と通信インフラの発達を背景に、コミュニケーション手段の変化を仕掛けました。

 DXに成功したといわれている企業のほとんどは、社会・顧客の変化に対応した新製品・サービスをデジタル基盤で提供した結果、後から「成功」が付いてきているのだ。

「デジタル、イコール目的だったのではなく、新規サービスを提供したら、それが結果的にデジタルで裏打ちされていたのです。すなわち、『デジタル化をしたいから“何をするか(目的)”を考える』では本末転倒だということです。『したいこと(目的)があるからデジタルというツールでサポートする』という考え方でないと、DXは必ず失敗するでしょう」

 藤田氏はまた、「目的」の設定に関して、「SX」「GX」という観点を加味することを提言する。

「SXとはサスティナビリティートランスフォーメーション(事業・社会存続のための変革)、GXはグリーントランスフォーメーション(社会インフラの変革)を指します。世界中の企業が社会や環境に対する態度・スタンスを問われており、投資家もESG投資という形で、環境・社会・事業の継続性への貢献度を判断基準の一つにしています。

 再生可能エネルギー、新エネルギー、電動化といったグリーンテクノロジーも同様です。これからのDXは、SXやGXという枠組みの中で、顧客の課題解決やニーズを支える手段として位置付けられ、その結果、社会と企業に継続性をもたらすでしょう」

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