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私を愛したスパイのロータス・エスプリ

執筆:Greg Macleman(グレッグ・マクレマン)
撮影:Olgun Kordal(オルガンコーダル)
翻訳:Kenji Nakajima(中嶋健治)

 
映画007ボンドカーと聞いて、アストン マーティンDB5を思い浮かべる人も多いはず。だが、ジェームズ・ボンドロジャームーアが演じた頃の、ロータス・エスプリ・シリーズ1を懐かしむクルマ好きもいるだろう。

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1970年代の英国製スポーツカーを代表する存在といえる、ロータス・エスプリ。007ではボンドカーとして特殊装備を満載し、羨望の眼差しを集めることとなった。

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ホワイトのロータス・エスプリ・シリーズ1「私を愛したスパイボンドカー・レプリカと、カッパー・メタリックのエスプリ・ターボ「ユア・アイズオンリーボンドカー・レプリカ

テスラ社のCEOを務める、イーロン・マスク氏もファンの1人。実際、劇中でエスプリが変形した潜水艦、ウェットネリーを2013年に購入している。

航空会社に務めるファビアン・スティール氏も、幼い頃から007の大ファンだったという。「1977年の夏に、007の『私を愛したスパイ』を友人と観に行きました。当時10歳でしたが、小さなエスプリのことが信じられませんでした」

ファビアンが子どもの頃を振り返る。「しばらくして、ロンドンのオリンピア展示場を父と訪ねました。そこに、エスプリがあったんです。こんなモノ、今まで一度も手にしたことがない、と感じたのを覚えています」

強い印象を残したエスプリだったが、夢を現実のものとする機会が2012年にやってくる。レストアに挫折した、1978年式エスプリとの出会いだった。

シリーズ1のエスプリは、バックボーン・シャシーが顕な状態。ボディパネルはわずかに残るだけで、数個の段ボール箱に部品が保管されていた。「ボディシェルは塗装業者にあり、確認できませんでした。でも、わたしが買わなくては、と思ったんです」

世界で最も精巧なレプリカを目指す

エスプリの再生を決心したファビアンは、作業用ガレージロンドン南部の自宅に建設。クルマで何度か売り手を訪ね、多くの部品を持ち帰り、さらにシャシーとボディも手元に揃えた。

「ヘインズ社が発行するカーリペア・マニュアルを購入。組み立てていけば大丈夫だと考えていました」。ファビアンが笑いながら話す。「ガレージは足の踏み場もないほど、部品が点在。天井の梁にも」

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ロータス・エスプリ・シリーズ1(1978年/英国仕様)「私を愛したスパイボンドカー・レプリカ

「塗装業者は、部品が組まれた状態でスプレーしていました。バラさずに。そのおかげで、塗装はイチからやり直しです」

塗装以外、ある程度進められていたレストアは納得できる内容にあった。シャシーに載ったエンジンを始動させてみると、ウオーターポンプからのクーラント漏れを除いて、不具合はなさそうに見えた。

「もしエンジンが降ろされた状態なら、20分もあればウオーターポンプの交換は済みます。でも、シャシーに載った状態では悪夢です。切り傷や打ち身は必至。手元が見えず、何を掴んでいるのかすらわかりません。鏡を覗き込んで、なんとか」

ファビアンレストア当初から、子どもの頃に夢見たボンドカーをオマージュすると決めていた。世界で最も精巧なレプリカを目指していた。

トレードマークといえたウルフレースのホイールは、比較的早い段階で入手できた。映画の中では、空力特性に優れたボディシェイプを強調する目的で黒く塗られていた、フロントスポイラーも。

タータンチェックの内装も完全再現

内装にも努力が投じられた。ジェームズ・ボンドのエスプリは1976年初期のモデル。シートはグリーンとレッドのタータンチェック・クロスで仕立てられ、オレンジのカーペットでフロアが覆われている。特徴的な配色だ。

デロリアンDMC-12にも関わったニック・フルチャー氏は、その前にエスプリのインテリアもデザインしています。ノーフォークにあるフルチャー・コーチトリマーズ社には、ジャンボジェットのものに似たシートが沢山並んでいたんです」

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ロータス・エスプリ・シリーズ1(1978年/英国仕様)「私を愛したスパイボンドカー・レプリカ

「ですが、ロータスはすぐに仕立て方法を変更しました。製造に時間がかかり、摩耗性も良くなかったためでしょう」。ファビアンが話す。

フルチャーの息子で、同じく内装トリミングを手掛けていたスティーブへファビアンは連絡。残っていたシート生地を見つけてもらい、ボンドカーのレプリカとしてインテリアを仕上げてもらった。

ヘッドレストは、オリジナルではタータンチェックだが、劇中に登場するエスプリはグリーン。ロジャームーアの顔色と対比が悪く、撮影チームが変更したのだが、それもしっかり再現されている。

ロータス・エスプリは、徐々に本来の素晴らしいスポーツカーへ戻されていった。徹底的なレストアを経ていることを活かし、細部までこだわり抜きながら。

1978年式シリーズ2として追加されたサイドのエアインテークは、劇中のシリーズ1に合致するように削除。ダッシュボードやメーターパネルには、オリジナルと同じコーティングが施された。

7000rpmめがけて意欲的に回る907

ロータススペースシャトルと同じ発想で、外光の反射を抑えるためネクステルと呼ばれる素材をダッシュボードに吹き付けています。ガレージに送風ファン付きのスプレーブースを作りました。温度と湿度も、完全な状態を保てるように」

「一度目はうまくいかず、急いで技術サービスへ電話。もう一度スプレーしていいか尋ねると、急いで吹くべきだと。乾燥すると繊維が固まってしまうんです。すぐに2度目を吹いたので、1つの層に融合しました」。ファビアンが説明する。

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ロータス・エスプリ・シリーズ1(1978年/英国仕様)「私を愛したスパイボンドカー・レプリカ

そして遂に、見事なロータス・エスプリのボンドカー・レプリカが誕生した。その完成度には、驚かずにはいられない。

大きなステアリングホイールの後ろ、美しく仕立てられたドライバーズシートに身体を収め、ひと息つくと特別な細工が見えてくる。天井には時計も兼ねた潜望鏡が付いている。シフトノブの上部には、ミサイルの発射ボタンが埋め込まれている。

ファビアンの夢が詰まったエスプリ。郊外の開けた道でアクセルペダルを踏み込むと、ボンドカーのレプリカだということを忘れる。変速は滑らかに決まり、活き活きとしたステアリングにうれしくなる。

着座位置は極めて低い。ゴーカートのように、路面が近い。

縦向きにミドシップされるのは、タイプ907と呼ばれる4気筒。1973ccで162psを発揮する、宝石のようなユニットだ。少し大げさなくらい、7000rpmめがけて意欲的に回りたがる。冷却用3連ファンという、賢明な変更も加えられている。

この続きは後編にて。


【ボンドカー・レプリカに撃たれる】ロータス・エスプリ S1とエスプリ・ターボ 前編