(舛添 要一:国際政治学者)

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 北欧の安全保障体制が猛烈なスピードで変化している。

 日本を訪問したフィンランドのサンナ・マリン首相は、5月11日岸田文雄首相と会談し、ロシアによるウクライナ侵略を非難した。そして、両首相はロシアの脅威に対する安全保障上の認識を共有した。

 翌12日、同国のニーニスト大統領とマリン首相は、フィンランドのNATO加盟へ踏み切った。ロシアウクライナ侵略が国民世論を大きく変えたのである。侵攻前には20%台だったNATO加盟支持が、直近の世論調査では78%にまで伸びている。

NATOに靡く北欧諸国、ロシアは軍事的措置も示唆

 スウェーデンもまた、同様にNATOへの加盟申請を検討している。北欧でもNATOの拡大が行われれば、それはプーチン大統領の予期していなかった事態である。

 30年前のソ連邦、ワルシャワ条約機構軍の解体以降、NATOの東方拡大が加速化した。ウクライナの加盟は何としても阻止したいという決意で、プーチン大統領は、ウクライナに侵攻したのである。

 ロシアは、フィンランドスウェーデンの動きに反発しており、何らかの軍事的対抗措置も講ずると明言している。

プーチンの選択が裏目に

 ウクライナの戦場では、西側からの武器援助で力をつけたウクライナ軍の激しい抵抗に遭い、プーチンは目的を達成していない。それに加えて、北欧でNATO加盟国が二カ国も増えるということになると、何のためのウクライナ侵攻か分からなくなる。皮肉な結果を招くだけになりかねない。

 それだけに、ロシアフィンランドの領空を侵犯するなどして警告している。これに対して、イギリスジョンソン首相は、11日にスウェーデンフィンランドを訪問し、有事の際には両国と軍事上の協力をすることで合意した。これは、ロシアに対する牽制球である。

 北欧では、ノルウェーデンマークがNATO加盟国、スウェーデンが中立国、フィンランドはかつて「フィンランド化」と揶揄されたようにロシアへの融和的姿勢を維持してきた。これは、それぞれの地政学的要因によるところが大きい。

 しかし、ロシアウクライナ侵略を目の当たりにして、ロシア1340kmの国境を接するフィンランドは、かつてのソ連軍による侵略の記憶が甦り、安全保障体制を再構築する決意を固めたのである。

 ノルウェーフィンランドの中間でバランスをとっていた中立国スウェーデンもまた、ロシアの脅威を再認識したようである。近世にスウェーデンロシアと戦い、18世紀にはロシアを降伏させている。19世紀のナポレオン戦争のときには、ロシアに大敗している。いずれも戦場はフィンランドである。

 フィンランドスウェーデンも強力な軍隊を持ち、ロシア軍が簡単に屈服できる相手ではないが、それでもNATO加盟を模索するのは、ウクライナの二の舞になりたくないからである。

 プーチンウクライナ侵略は、北欧の安全保障体制を根本から変えてしまいそうである。スカンジナビア半島全体がNATOに組み込まれるということは、ロシアの隣に、核ミサイルをはじめアメリカ製の兵器が配備されるということになる。これはプーチンにとっては悪夢であるが、その悪夢が現実のものとなりつつある。

 問題は、それを阻止するために、ロシアが何らかの行動に出ないかどうかということである。すでに西部国境地帯にロシア核ミサイルを配備し始めたという報道もある。注意して観察する必要がある。

親ロシア地域でも揺らぎ

 5月9日の対独戦勝記念日では、ロシアは期待した戦果もあげられず、プーチンは、ウクライナ侵攻正当化することに終始した。ナチスを倒したソ連軍を称え、ゼレンスキー政権をナチスと規定して、戦争を継続することを明らかにした。ロシア人のナショナリズムに訴える手法は一定の効果を上げているようで、プーチン支持率は74%となお高い水準を維持している。

 ウクライナでは、マリウポリでウクライナ軍が最後の抵抗を継続しており、ロシア軍は東部のドンバス州の完全制圧までには至っていない。ヘルソン州では、親ロシア勢力がロシアへの編入をプーチンに要請したというが、ここでもウクライナは反撃している。

 さらに、ウクライナ周辺の旧ソ連地域を見渡せば、ウクライナの現状を見て、多くの地域がロシアとの紐帯を緩めようとしている。

 ジョージアグルジア)には、親露派で分離独立を唱える南オセチアとアブハジアが存在する。2008年8月、グルジア軍が、南オセチアの首都ツヒンヴァリに対し軍事行動を起こしたが、これに対抗してロシア軍南オセチアに入り戦闘が行われた。ロシア軍に反撃されたグルジア軍は撤退し、ロシア南オセチアとアブハジアの独立を承認した。

 その南オセチアでは、5月8日に「大統領選」の決選投票が行われたが、ロシアへの編入を実施するという現職のアナトリー・ビビロフ候補が、編入慎重派のアラン・ガグロエフ候補に敗北した。43%対54%という得票率であった。

 南オセチアは、ウクライナロシア軍に協力するために戦闘員を派遣したが、そこで戦死者が出たことが、現職への批判につながったようである。

 ガグロエフ政権となる南オセチアが親ロシア路線を継続することは間違いないが、ロシアへの編入に慎重になったことは変化への兆しかもしれない。また、この選挙結果は、ウクライナの東部2州やヘルソン州での親露派の動きにも影響を与えると思われる。

カザフスタンの動向にも微妙な変化

 カザフスタンの動向も気にかかる。今年の1月、カザフスタンでは、燃料価格の高騰に抗議するデモが暴徒化したが、トカエフ大統領は、ロシア主導の軍事同盟である「集団安全保障条約機構(CSTO)」に治安部隊を派遣するように要請した。これに応じてロシアの精鋭部隊がカザフスタンに入り、事態を鎮静化させた後に撤退した。

 CSTOは、ソ連邦崩壊後の1992年5月にロシアアルメニアカザフスタンキルギスタジキスタンウズベキスタンが組織したものである。翌1993年アゼルバイジャングルジアジョージア)、ベラルーシが加盟し、1994年4月に発効した。その後、離脱する国も出てきて、現在は、ロシアアルメニアベラルーシカザフスタンキルギスタジキスタンの6カ国が加盟している。

 ジョージアは、NATO加盟を目指し、また先述したように親露派分離勢力をかかえながらロシアと対立している。

 ロシアによるウクライナ侵攻は、西側諸国による経済制裁を招き、それは、親露派諸国にも影響を与えている。

 3月15日ロシアはユーラシア経済連合(EEU、EAEU)への小麦など穀物や砂糖の輸出を一時的に禁止することにしたが、これは、戦争の長期化に備え、ロシア国内自給態勢を強化するためである。

 ユーラシア経済連合とは、2015年に発足した地域経済協同体で、ベラルーシカザフスタンロシアアルメニアキルギスが加盟国である。EUに対抗する経済協力体樹立を狙ったプーチンの構想だが、ウクライナは賛同せずに、EU加盟を求めた。それもまたプーチンウクライナ憎悪に繋がったのである。

 カザフスタンでは、ウクライナ情勢、そして、経済制裁に伴う小麦や砂糖の禁輸を前にして、CSTOやEAEUから脱退すべきだという声もあがり始めている。中央アジアの大国、カザフスタンの今後の動きも要注意である。

民主主義陣営vs権威主義陣営、さらにイスラム圏と東方正教会文明圏

 ウクライナ戦争の行方はまだ混沌としているが、西側諸国によるウクライナへの武器供与、そしてロシアに対する経済制裁は、プーチンが当初描いたシナリオ、つまりゼレンスキー政権を瓦解させ、東部のドンバス州を併合するという目的の実現を困難にしている。

 どういう形で戦争が終結するかは見通せないが、ロシア大勝利を収めて、その国力、国際的地位が向上することはなさそうである。その後のロシアの政治体制がどうなるかも分からないが、欧米の民主主義体制の対抗軸となるのは不可能なような気がする。

 そこで、権威主義体制の実質的な指導国となるのが中国である。経済的にはGDP(2021年)で世界第2位(約17.5兆ドル)であり世界11位のロシア(1.7兆ドル)の約10倍である。因みにトップのアメリカが22.9兆ドル、3位の日本が4.9兆ドルである。

 軍事情報サイト「グローバル・ファイヤーパワー」の分析によると、2021年の軍事力ランキングで、1位がアメリカ(軍事力指数0.0718)、2位がロシア(0.0791)、3位が中国(0.0854)、4位がインド(0.1207)、5位が日本(0.1599)である。最近の中国の軍拡を見ると、ロシアを追い抜くのは時間の問題のようである。しかも、ウクライナ戦争ロシア軍の消耗は甚だしく、戦争前の状況に回復するには時間が必要である。

 しかし、中国を盟主とする権威主義陣営に北朝鮮とともにロシアが仲間入りし続けるかどうかは不明である。ただ、アジア、アフリカをはじめとする発展途上国の中には、中国の経済援助に依存する国々が多数あり、民主主義陣営が安泰だというわけでもない。

 また、中東をはじめとするイスラム圏諸国は、民主主義vs権威主義という図式では割り切れない別の文明圏である。その動向は、テロリズムとの関連でも先に大きな影響を与えるであろう。

 これに対して、東方正教会文明圏は、今回のウクライナ戦争で大きな打撃を受けてしまった。そのことは、苦い歴史として残るであろう。

*東方正教会文明については、4月16日の【舛添直言】<プーチンはなぜこれほど冷酷になれるのか 東方正教会文明が生み出した「現代のツァーリ」>(https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/69760)を参照いただきたい。

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