NHKのゲーム教養番組「ゲームゲノム」。2021年にスタートしたこの番組はデス・ストランディングを筆頭にダークソウルバイオハザードなど数々の人気作を取り上げ、ゲーマーのみに留まらず、幅広い層からの注目を集めた。

2024年1月からは新たにシーズン2が開幕し、ファイナルファンタジーXIV(以下、『FF14』)やストリートファイターニーア オートマタ』などを特集。副音声に人気のゲーム実況YouTuber・2BRO.を招くなど新たな試みも取り入れ、引き続き高い人気を誇っている。

さて、昨今では地上波でもゲームをテーマにした番組というものは少なくない。だが、その多くはゲーム自体の魅力や面白さを紹介したり、eスポーツシーンの熱狂を取り上げるなどして、ゲームの魅力をダイレクトに伝えようという主旨のもの。これらは「ゲームゲノム」のアプローチとは大きく異なると言っていいだろう。

というのも「ゲームゲノム」はゲームを題材にしていながら、ゲームそのものだけでなく、“ゲームから受け取ったプレイヤーの感情・価値観”フォーカスしているからだ。ゲーム以上に、プレイヤーたる人間を見つめる番組……とでも表現するべきだろうか。

そんな実は“異質”なゲーム番組である「ゲームゲノム」は、いったいどのようにして、どんな想いのもとで制作されているのか?

今回のインタビューでは「ゲームゲノム」のディレクター、総合演出を務める平元慎一郎氏を直撃。番組の理念や企画書段階から番組が完成するまでの制作手法、そしてプロデューサー業をも兼任する平元氏の「平元流」とでも呼ぶべき組織論まで、非常に幅広く興味深いトピックについてお話しいただいた。

NHKにおけるテレビ番組の作り方という「ゲームゲノム」に限られない貴重なエピソードも飛び出しているので、ぜひご一読いただければ幸いだ。

「ゲームゲノム」ディレクター・平元慎一郎氏インタビュー_001

聞き手/豊田恵吾
撮影/増田雄介

NHK「ゲームゲノム」公式サイトはこちら

「ゲームゲノム」のつくりかた。まずは“大テーマ(ゲームゲノム)”を定める

──本日はよろしくお願いいたします。

平元慎一郎氏(以下、平元氏):
よろしくお願いします。

──さっそく「ゲームゲノム」の企画書を拝見させていただいているわけですが、「ゲームゲノム」を制作するにあたっては、まずは各回のディレクターがこれらの資料を作る、という流れなのでしょうか。

平元氏:
実際にはここにあるものより前に、まずはひな形となる企画概要書を書いてもらっています。構成や演出、キャスティング案等をA4用紙1枚にまとめたものですね。

当然それ1枚では伝わらないので、そこからディレクターへ感動した部分や扱いたいテーマなどを直接ヒアリングします。そのうえで「いけそうだ」となったら、そのディレクターの上司であるプロデューサーに「この人と3ヵ月『ゲームゲノム』でご一緒してもいいですか?」と確認し、参画してもらうという流れです。

──そうして書かれたのがこの企画書というわけですね。

「ゲームゲノム」ディレクター・平元慎一郎氏インタビュー_002

平元氏:
そうですね。いまお見せしている資料であれば、「『ニーア オートマタ』とはこんなゲームで、こんな注目ポイントがあって、主人公とストーリーはこんな感じで」と、ゲームの概要や重要なポイントがまとめられています。このとき、ディレクターにはゲームの説明と一緒に「大テーマ」を設定してもらいます。

──大テーマ、ですか。

平元氏:
ゲームのプレイを通じて受け取った自分が大切に思っている感情、育まれた価値観、今でも心に残っているもの、そういったものですね。これを僕らは“ゲームゲノム”と呼んでいるんです。『ファイナルファンタジーXIV』だったら「天地創造」、ストリートファイターだったら「ライバル」といった感じですね。

もちろんそれを視聴者に押し付けることはしませんが、番組を作るうえではこの大テーマ、すなわち“ゲームゲノム”を発見するところから出発しています。

──『ニーア オートマタ』だと「罪と罰」としたわけですね。

平元氏:
そうですね。ただ当初、担当ディレクターは「人間感情の尊さ」というテーマを挙げてたんです。ただ、それはちょっと大きすぎるテーマなんじゃないか、と話し合って。それは全てのゲームに言えることだろうと(笑)。

そこからより細かくキーワードを決めていき、人間、アンドロイド、機械生命体の違いや周回で変わるゲームプレイなどをピックアップしていった結果、「罪と罰」というテーマになりました。

──番組の構成もこの段階で決まるのでしょうか?

平元氏:
用意したテーマをどのようにストーリーテリングするのかも、この段階で1枚にまとめてもらいます。「スタジオでこの部分を伝え、VTRで説明をする。それを受けてスタジオではこの話をする」という流れを1枚でわかるようにしてくれと。

さらに、大テーマを伝えるためにざっくりとどんなシーンでどんなナレーションで伝えて階段を上がっていくのかを資料にまとめてもらいます。これをNHKでは“ペタ構成(付箋に映像とナレーションを1枚ずつ書いてペタペタとボードに貼って構成していくことが由来)”と言うんですが、「ゲームゲノム」では大テーマが決まったのと同じタイミングで、番組の放送時間である28分45秒、全体の見立ても行っています。

──テーマが決まっても、構成で難儀するという場合もあるのでしょうか?

平元氏:
テーマやキーワードが決まっても、それが起承転結になっていないということはあります。なので「28分45秒のストーリーテリングをまずきちんと行う」ということを、ディレクターには徹底しましょうと伝えていますね。この企画書も議論を重ねて何度も書き直します。

──なるほど。流れを組み立てるうえで特に苦労した回などはありますか?

平元氏:
ムシキング『ラブベリ』回がいちばん多かったかな……。『ニーア オートマタ』も難しかったですね。テーマが定まっていても、キーワードが的を射ていないことがあるんですよ。各VTRの中身を説明する短いキーワードパーンと出すのは、やはり簡単にはいかないですね。

──企画確定後、メーカーにオファーを出されると思うのですが、それはどのようにアプローチされているのですか。

平元氏:
基本的には通常ルートで、メーカーさんのホームページの【コンタクト】のフォームから広報担当の方につないでもらい、そこから開発者の方に出演をお願いして……という流れです。番組の構成やどのシーンを映像で使うのかなど、企画書は動かせないぐらいギチギチに固めてから持っていきます。もちろん、取材をさせていただいて、より魅力的なものにブラッシュアップしていきますが、まずはそれぐらいの覚悟と見立てをもって扉をノックする、ということですね。

──その交渉も平元さんが行っているんですか?

平元氏:
基本的には各ディレクターから送ってもらってます。企画書の中身はチェックしますけれども。

──正攻法で、正面玄関のドアを叩いて打診されているのですね。シーズン2では、シーズン1が周知されたことでオファーがしやすくなったのではないですか?

平元氏:
シーズン1よりスムーズかというと、そんなに変わってはいないと思います(笑)。ただ、おかげさまで「ゲームゲノム」という番組は認知されているみたいで……。ヨコオタロウさんも知ってくださっていましたし、吉田直樹さんにも「観てますよ」と言っていただきました。

何よりも僕が嬉しかったのは、『零』柴田誠さんに直接おうかがいしたときです。ディレクターと企画の説明をしている際に、その企画書を見て柴田さんが「これは「ゲームゲノム」ですね」と言ってくれたんですよ(笑)。

──あー、なるほど。番組が伝えようとしていることが『零』というタイトルの芯を捉えていると、作り手の柴田さんに伝わったわけですね。

平元氏:
柴田さんが番組としての「ゲームゲノム」を見てくださっていたことももちろん嬉しいのですが、僕らが大事にしている「ゲームゲノム」というその単語の意味合いまで感じ取っていただけたのがすごく印象的でした。

「ゲームゲノム」という僕が造った謎の単語が意味するところ、何を伝えたいのかをちゃんと感じ取っていただけたということは、すごく記憶に残っています。

「ゲームゲノム」ディレクター・平元慎一郎氏インタビュー_003

──ちなみに、企画書やオファーなどの段階でつまずいて、「ゲームゲノム」で取り上げることが叶わなかったタイトルもあるのでしょうか?

平元氏:
ありますね。まず、扱う作品を決めてもテーマが決まらない場合があります。もちろんその作品に魅力がないわけじゃなくて、僕らの力不足でどうしても「ゲームゲノム」を抽出できなかった、というパターンです。

もうひとつは、正面玄関からメーカーさんやパブリッシャーさんにご相談にうかがう中で、「番組で紹介するのは今の時点ではちょっと……」とお断りとなってしまったケースです。メーカーさんとしては、IPの育成やプロダクト販売の時機が最優先だと思いますので、そうした事情でタイミングが合わず、ということはあります。

企画書、収録、試写にnote記事まで。とにかくディレクターの勝負どころをたくさん作る

──メディアに属する身の宿命とも言えますが、テレビ番組を作るディレクターとして、放送終了まで視聴者の反響ってわからないじゃないですか。アウトプットしてから反応がわかる怖さと言いますか。そういった点をどう乗り越えていらっしゃるのですか?

平元氏:
その点で言えば、番組を作るうえで一番ディレクターがドキドキするのは、内部向けに行う試写会だと思います。

VTRの試写はだいたい3~4回行うんですけど、特に緊張するのは最初の試写のタイミングです。録ってきた素材を初めて見せる機会で、「ゲームゲノム」でやりたいことが映像として本当に実現できているかが試される。これはどの番組でも言えることですね。

──ディレクターとしての勝負どころというわけですね。

平元氏:
ただ、僕が総合演出としてすごく大事にしているのは、ディレクターの勝負どころを何回も用意することなんですよ。最初はリサーチの企画書で勝負し、それを28分45秒のストーリーテリングにした構成にまとめ、僕やプロデューサーに見せるときも勝負となるわけです。

その後もVTRを試写で流して、ちゃんとストーリーテリングになっているか、スタジオトークが盛り上がるVTRになっているかどうかも勝負。その後の収録も言わずもがな勝負です。そして最後には後編集、スタジオ収録したものをVTRと合わせて28分45秒で伝えきるという勝負が待っているわけです。

「ゲームゲノム」ディレクター・平元慎一郎氏インタビュー_004

──いや……気が抜けませんね。

平元氏:
あとはnoteの記事もです。入りきらなかったこぼれ話やこだわりを、「ゲームゲノム」を担当した何某ですと名乗って、読みものとしておもしろいものを書けるか……ここも勝負ですね。

──noteも全部平元さんがチェックされてるんですか?

平元氏:
はい。編集長として全部校正してます。

──あの内容、あの分量をですか? それはすごいですね。

平元氏:
僕は勝負どころがいっぱいある番組のほうが、ディレクターにとってはいいと思っているんですよ。テレビというのはやはりどこかで、プロデューサーや僕みたいな総合演出を名乗る人が加わって、チームの作品になっていく。

そんな中にあって、ディレクター自身が「こういうことを伝えたいんです、こう思ったんです、この演出おもしろいですよね」と勝負する瞬間が、テレビマンとしてすごく大事だと思っています。

「番組がプロデューサーに奪われる」というのは業界ではよくある話です。試写になると、けっきょくプロデューサーの番組になっちゃったとか。それがいい悪いという話は置いといて、僕は純粋にディレクターが勝負する瞬間をたくさん作りたいし、そのほうがワクワクする。なので、企画から制作に至るまで、ディレクターには勝負の場をできるだけ用意するように心がけています。

──なるほど、「ディレクターの本当にやりたいこと」が制作過程で希釈されていってしまうと。そこで「勝負の場を多く用意する」ということですが、具体的にどのような仕事を行うのでしょうか?

平元氏:
制作の段階で言うと、まずディレクターは「シノプシス」というものを作成します。これは番組全体のざっくりとして台本みたいなもので、「スタジオ部分ではこういうことを話してもらいます」という流れを、VTR部分ではナレーションの台本を、ずらっとA4紙2枚に書いてもらいます。台本が完成したらあとはロケ、編集まで任せて、次にディレクターに会うのは試写の時ですね。もちろん各フェーズで都度悩んでいることがあったら何度でも打ち合わせをします。

──「ゲームゲノム」ではディレクターの方がナレーションや台本も書かれているんですか?

平元氏:
もちろんです。

──それは「ゲームゲノム」以外のNHKさんの番組でも同じなのでしょうか?

平元氏:
ほとんどそうですよ。ナレーション原稿は自分で書いて、試写のときは自分で読むんです。

──そう聞くと、ディレクターさんがやることってものすごく多く思えるんですが……。

平元氏:
そうですね、ものすごく多いです(笑)。民放さんはそのへんをうまく分業してチームで進めてると思いますが、NHKではディレクターが全部やります。

もうちょっと規模の小さい5分~10分ぐらいの番組だと、例えばロケ車の発注から小道具の花束の用意、AD(アシスタントディレクター)の仕事まで、すべてディレクターが行います。

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──先ほど、ディレクターに参加してもらうために「この人と3ヵ月『ゲームゲノム』でご一緒してもいいですか?」と上司にうかがう……と仰っていましたよね。つまり、放送1回分を作るのに、少なくとも3ヵ月はかかるということですか?

平元氏:
「ゲームゲノム」についてはそうです。そして、実はこの「3ヵ月」という期間はそれほど長くはありません。

まず企画自体が一発で通るわけではありませんし、大テーマを決めた後も、どうストーリーテリングするのか、という勝負があります。制作に入ってもVTRを作るために何十時間もロケをしなければいけませんし、そういったことを考えると3ヵ月という時間はあっという間です。

──プレイして、動画を録って、編集して、という一連の作業をすべてディレクター自身が担当されているのですか。

平元氏:
そうです。シノプシスが完成したら、どういうシーンが必要かがわかるじゃないですか。その段階で画角や見せ方も全部計算して、そこからロケをします。その後は編集マンと合流して、シノプシスをナレーション原稿に昇華させて、1キューずつ丁寧にナレーションを入れて……と、編集マンと議論をしながら作っていき、試写を迎えます。

──いや、ディレクターの作業量に驚きました。逆に言えば、だからこそ番組の骨子がぶれていないわけですね。